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都市、アート、アジアの今。マニラのアートフェス視察報告レポート #1 国際交流基金アジアセンター廣田ふみインタビュー

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国際交流基金アジアセンターは、近年積極的に、ASEAN地域でメディアアートをはじめとするアジアのデジタルクリエイティブシーンやフェスティバルを視察し、コラボレーションの対象としている。その背景には、閉塞ムードにある日本のアート界や、既存のコンテクストや市場原理が根強い欧米とは別の可能性の発掘の機運がある。

今回、LAYOUT編集部から、フィリピンの首都マニラにて2017年秋に行われた2つのフェスティバルを視察した。一つはメディアートの祭典WSK(ワサック)、もう一つが、KARNABAL FESTIVAL(カルナバル・フェスティバル)というパフォーミングアーツの祭典だ。どちらも国際交流基金がサポートし実施されている。

マニラ視察報告の第一弾として、このレポートでは、フィリピンの首都、マニラで行われたメディアカルチャーのフェスティバル「WSK」とのコラボレーションを企画した、国際交流基金アジアセンターの廣田ふみ氏(以下、廣田)にインタビューを行った。

 

我々LAYOUTが所属するロフトワークには、BioClubという実験的な取り組みを行う組織があります。2018年2月に行われるフェスティバルMeCA(Media Culture in Asia)の中で、BioClubがディレクションで「BioCamp」というものを企画しているのですが、これが実は国際交流基金アジアセンターが主催なんです。アートの文脈でイベントや展覧会など複合的なものをどのように取りまとめているのか、その活動の全貌に非常に興味があります。そもそも、今回マニラで行われているWSKフェスティバルとは、なんなのでしょうか?

廣田 WSKは国際交流基金アジアセンターが実施する事業「ref:now—toward a new media culture in asia」の枠組みの中で実現したプロジェクトの一つです。ミッションとしては、メディア文化をめぐる同時代の創造性を、アート、対話、教育、協働などの様々な取り組みから体系的に捉えようとする試みです。

そのためプログラムも展覧会、シンポジウム、ワークショップ、音楽イベントとさまざまな形態の表現・発表方式が複合的に構成されています。また、参加アーティストも日本とフィリピンの両方から選ばれ、作品展示だけでなく、ワークショップやイベントを通して交流するようにプログラムが組まれています。音楽イベントは、日本とフィリピンのネットレーベルのコラボレーションとして開催しました。

- 今回国際交流基金アジアセンターはWSKとのコラボレーションを行いましたが、その目的や狙いを教えてください。

廣田:東南アジアにおいてはデジタルクリエイティブはまだまだ新領域です。すでにある既存の分野(伝統芸能や工芸、ファインアートなど)ではなく、あえてこうした新進の分野で国際交流としてなにができるかを挑戦することが大きな目的の一つでした。国際文化交流のながれとしても、一方向的な経済的支援や日本の文化アウトリーチではなく、日本と現地の文化がコラボレーションをし、共創のきっかけを作ることが重要視されているこのイベントは、インターネット以降の社会やコミュニケーションの変化に対応した新しい試みにもなったと思っています。

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WSKアートディレクターを勤めたTengal

 

- 今回日本からも多くのアーティストが参加しましたが、日本のアーティストに期待したこととはなんですか?

廣田:マニラでイベントを行うということは、日本側はよそ者です。サッカーでいうとアウェーですよね。日本と同じ環境は揃っていません。だからこそ展覧会だけでなく、パフォーマンスやワークショップを自分で企画・準備をして関わることで、彼ら自身がアウェーでの存在感をいかにあげようとするかが試される現場でした。そのため、橋渡し役としてのWSKのスタッフは非常に重要な存在で、彼らがいたからこそ、日本から参加したアーティストが現地で最大のパフォーマンスを発揮することができたと思っています。

準備された環境において作品をインストールし、与えられた環境でイベントをして終わりというのではアーティストのサバイブ能力は発揮されません。全てがマネージメントされたヨーロッパや日本の美術制度に基づく場所ではないからこそ、アーティストにとっても新しいやり方を開発せざるを得ません。自分の携わる領域とは矛盾する態度かもしれませんがアートはマネージメント可能なものであってはならないと考えています。今回のプロジェクトでは、メディアを使いこなすアーティストたちは、言語や国の違いを超えて普遍的に対話できる技術と感性を持っているということを示したかった。今回参加したアーティストはそれぞれその場に柔軟に対応し、現地の状況に対し自分なりの方法でアクションを起こしていたと思います。

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De La Salle collegeで行われたHoxuo Queによるワークショップの様子

文化政策側に身を置くからこそ感じるのは、現在の日本では若いアーティストやキュレーターがシステムや体制に寄り添ってしまうケースが多く、自身で成長や躍進の機会を自立的に獲得しようとする人はそう多くないのが現状です。私が常に感じる違和感というのは、アートは支援する対象ではなく、もっと生きることに不可欠なものであるべきだということです。社会に不可欠な原理だからこそ、より文化政策や文化外交において重要視されるべきだと思っています。特に日本のメディアアートの現状は、日本の限られた環境に表現も形態も意識しすぎているように思われてなりません。

例えばシンガポールアートフェア、アートバーゼル香港には若手のメディアアーティストが数多く参加していますがその中に日本人アーティストははほとんど見かけられません。その理由は作品として見せれるもの、個人としてのパフォーマンス、提示できるコンテクストの圧倒的な量の差に他なりません。日本のシステムの外で戦うことのできる日本の「メディアアート」のアーティストがあまりにも少ない現状に危機感を感じました。今後の日本の状況を考えても、体制に期待せず作家活動を続けていくサバイブスキルを作家自身が上げるしか無い。WSKに参加したアーティストには彼ら自身のサバイブスキルを試す機会を提供したいと思い、方針を設計しました。

- 東南アジアのアートシーンについて教えてください
廣田:東南アジアにはオーソドックスな美術表現が主流なため、メディアアートをはじめとする新進領域の基礎的な教育や体制はほとんど存在しません。「メディアアート」といっても、表現手法を融合する「マルチメディア」が意識されているのが現状です。そんな中で、自分たちで新しい領域を作ろうとするオルタナティブな活動が今まさに文化を作り上げようとしている時期にあると考えています。

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フェスティバル期間中に行われたマニラのミュージシャンたちによるHiveでのライブイベントの様子

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WSKのスタッフを勤めたDe La Salle college of Benilde School of Design and Artsの学生たち

フィリピンのWSK、インドネシアのOK.video、マレーシアのDA+など、実験的で新しい試みを行うアーティストをフックアップするイベントが、個人の情熱のもとで継続されています。

一方、アジアの抱える問題として、優秀な人材は外に出た後に自分たちを支える体制が無い国には戻ってこないという現象もあります。日本の「メディアアート」においても、一定のキャリアを重ねたアーティストは、欧米に行き、なかなか戻らないケースが多くみられます。しかし、今回WSKの会場でもあったDe La Salle college of Benilde School of Design and Artsからは、毎年卒業する人数は4000人。メディアアートをはじめ、広告から音楽、マネージメントまでを含むデジタルクリエイティブ領域を学ぶ教育環境から、これだけ多くの人が出て行くことを考えれば、マニラの一般社会にクリエイティブが浸透していくスピードは非常に速いでしょう。卒業生たちが自分の手で活躍できる場を勝ち取っていき、それが受け皿となって次の世代も育っていく。新進のアート、文化は経済資本に直結するものではありませんが実験精神とそれを寛容に受け止める度量を社会に付与するところに価値があると感じます。作家自身にも作品にも、新たな価値を見出す挑戦が求められており、歴史化未然であるからこそ、多様な分野の視点を混ぜこぜにしていくことができると考えています。

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Unfold.alt  / Ryoichi Kurokawa

- 作家の選定について教えてください
廣田:フィリピンではニューメディアアートを扱えるキュレーターとしてはWSKチームしか思い当たりませんでした。ディレクターであるTengalは10代から試行錯誤をしつつ、プロジェクトを継続しています。今回のプロジェクトをつくるプロセスとしては日本側から、メディアを扱うアーティストのリストを提案し、そのなかから検討しました。さらにそのアーティストリストに呼応する作家を、WSKチームがマニラのアーティストたちの中から選定する、という方法をとりました。日本側からの選定の基準としては既存の表現形態とメディアの融合性を重要視しました。Houxo Queはペインティングとメディア、「光」を扱う。久門剛史は彫刻とメディア、「時間」を扱う。ノガミカツキはパフォーマンスとメディア、「インターネット」を扱う。黒川良一.はザ・メディア、「データ」を扱うという具合です。

作品の形態にはこだわらず、アーティスト個人にある方法論、独自の表現手法と世界観など、根源的な部分にフォーカスしました。このプロセスをとったことでマニラ側、日本側のお互いの「メディアアート」「アート」「国際交流」のイメージをいかに裏切るかも展覧会のテーマになっています。結果的には美術展としてまとまりがあるものというよりは実験的な展覧会となりました。

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Bell / Tad Ermitano

- 展示会場が大学なのはなぜでしょう?

廣田:展示会場の選択はWSKチームへお願いをしました。国際交流基金がトップダウンに交渉するやり方もありましたが、なるべく現地のチームの交渉力に委ねる方針をとりました。フィリピンの美術館は新進分野を取り扱うことにことにまだまだ消極的なのでギャラリーやアートスペースなども存在するが既存のコンテクストがしっかりとあるものでないと難しいのが現状です。そのためWSKチームが選べる範囲、コーディネートできる場所から選んでもらった結果です。

- WSKに参加したアーティストに今後期待することは?

廣田:WSKへの参加がきっかけとなり現地で構築した個人的なつながりで、マニラで再び展覧会や音楽イベントやってくれたら、と願っています。そのための金銭的な支援はいまの日本にはたくさんの仕組みがあります。実施したプログラムの全てが正解だったかはわかりませんが、日本のアーティストがマニラのアートコミュニティで自分の場所を見つけ、活動の種にしていくきっかけ作りだったと思っています。

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- 今回、WSKで得たことを教えてください

廣田:メディア文化における創造性の一つの形として、DIY、メディアアート、現代美術、インターネットレーベルなどが並列にある状態を目指したいと思っていました。日本側にキュレーターを立てなかったことは、日本の業界問題も多分にあるけれど、ローカライズを第1に考えた結果でもありました。日本のクオリティをマニラの環境下で実現することよりも現地の環境下に合わせてローカライズするしなやかさが、アーティストとアート文化事業を担う組織にも同時に必要とされる現場でした。分野や価値ををオーサライズすることを目標にするのではなく、組織化されていないものをどう有機的に動かし、進んでいくかが本当の意味で新しいものを産む原動力になるという学びになりました。

一昔前の文化事業は、例えば国力の強い方が発展途上の国へ一方的な価値の伝播を行ってきたマスメデイアや大企業におけるグローバリゼーションのように、、自国の伝統文化やコンテクストをパッケージ化して持って行く、という方針が多くありました。日本の「メディア芸術」がコンテンツビジネスとしての可能性を持つという幻想も、そういう思考のもとにあるのでしょう。しかし現在の芸術分野における国際交流の流れはそうした文化の一方的な伝播ではなく、違いの文化に相互的な影響が起きるきっかけを作るトランスナショナリゼーションの動きが顕著化してきていると感じています。インターネット以降、一定のスピードを持って相互的な価値の交換が可能になった時代に、トランスナショナリゼーション的な文化交流を目指していきたいと思っています。
- アーティストは支援する対象であり、アーティスト側も支援してもらうことを前提としてクリエイションをし、生活をするという構造は今後変わっていくのでしょうか?マニラのWSKで出会った全てのアーティスト、アートシーンから感じたことは、彼ら自身が自分自身で方法を編み出しサバイブすることを、心から楽しんでいるということでした。閉塞感を日本の中だけで考えるのだけではなく、外に身を置いて相対化することが、今のアートシーン全体に必要とされているのではないかと感じました。お話ありがとうございまいました!

 

HirotaFumi

廣田ふみ
(独立行政法人国際交流基金アジアセンター 文化事業第1チーム所属)

情報科学芸術大学院大学[IAMAS]修了。IAMASメディア文化センター研究員を経て、2008年より山口情報芸術センター[YCAM]にてメディアアートをはじめとする作品のプロダクション・企画制作等に携わる。2012年より文化庁文化部芸術文化課の研究補佐員としてメディア芸術の振興施策に従事。文化庁メディア芸術祭の海外・地方展開を含む事業を担当。同時期にメディアアート作品の修復・保存に関するプロジェクトを立ち上げる。2015年より現職。現在は日本と東南アジアの文化交流事業の一環としてメディアカルチャーをテーマにしたプロジェクトに取り組む。二松学舎大学都市文化デザイン学科非常勤講師。

 

About WSK
WSK――フィリピン語で「砕かれた」や「壊された」を意味する「wasak」から、現代風に母音を抜いた語――は、エレクトニック・アート、デジタル・アート、エクスペリメンタル・アートをあつかう[フィリピンで]最初の、唯一の国際芸術祭である。2009年にFetedela WSKという名前ではじまり、2013年にWSKとあらためたこの芸術祭では、デジタル文化、デジタル・パフォーマンスの流れをふまえて、いくつもの領域を横断するさまざまな活動が展開されている。特にフィリピンと東南アジア、さらにその外部との国際交流プロジェクトには力が注がれてきた。芸術と文化とテクノロジーは、区別されたり、結びつけられたり、協力しあうこともある。WSKはこうしたありかたにまつわる先入観を揺さぶり、脱構築し、想像し直そうとする。

芸術祭を組織するのは、アーティストが運営する非営利団体SABAW MediaKitchen。彼らがもっとも関心を寄せているのは、アートとテクノロジーがいままさに交差する場に向けて、キュレーションやリサーチに取り組むことだ。芸術祭はDo-It-Yourself精神、Do-it-Together精神を第一にかかげ、他の文化事業からのわずかなサポートと、ほとんどがセルフ・ファンディングで運営されている。(WSK公式解説文より)

 

インタビューアー:石塚千晃(BioClub)
編集:杉田真理子(loftwork/layout)、石川由佳子(loftwork/layout)