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地域やアプローチによって“モク”の定義を刷新する取り組み〜「モクと呼ばない」イベントレポート

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建築関係者の間では、木(き)のことを“木(モク)”と呼ぶ。しかし、コンクリートや鉄のようにJISで規格が決まった工業材料とは違い、種類も色も形状もバラエティに富む木は、“モク”と一言で発注することはできません。

そんな個性あふれる木をまとめて“モク”と呼ぶことに疑問を感じたFabCafe Hida岩岡孝太郎がキュレーターを務め、「僕らはそれを“モク”と呼ばない〜西粟倉の木、飛騨の木、日本の木について現場から語る」と題したイベントを、2016年8月3日に開催しました。

当日は、木と向き合って働く3名が登壇。岡山・西粟倉から井上達哉さん、岐阜県・飛騨古川から松本剛さん、森口明子さん。自身の活動や、建材や家具の素材として使われる“木(モク)”について語る熱いトークセッションの模様をレポートでお届けします。

▶本イベントの詳細(LAYOUTイベントページ)
イベントバナー

 

建材は画一でない、モクはユニークなものである

大学の建築学科出身で建築設計の仕事をした後、現在FabCafe/FabCafe Hidaディレクターとして東京と飛騨を行き来する岩岡。木と向き合う生活を始めてから、木材のことを“モク”と呼ばなくなっている自分に気づきました。そんな気付きの共有からイベントはスタートしました。

「木って1本1本ユニークな存在なのに、それを“モク”と総称することで生まれている弊害があるんじゃないかなと思って。建築家の目線から見ると“ユニークすぎたら素材として使いづらい”と思うけれど、逆に木と向き合っている森側の人から見ると“もっとユニークさを知ってほしい“想いがあるんです。何を分かり合えば、この噛み合わない状況を解消できるんだろう?という視点で、今日は発見したいと思っています」(岩岡)

まずはゲストの自己紹介からスタート。

西粟倉・井上達哉さん

△西粟倉・井上達哉さん

岡山県の西粟倉村で、株式会社西粟倉・森の学校を経営する井上さん。森の学校は8年前に創業し、地域の間伐材を使った商品を作ってネット販売することで、地域材の活用と雇用の創出を図る一大プロジェクトを行っています。

そもそも間伐とは、森で木の密集化を防ぐために木を間引くことを言い、間伐した後の森の様子から、井上さんは「地面にスポットライトを届けるための作業」と説明します。その間伐の過程で切り出された木が間伐材というわけです。

「森の学校ができるまでは西粟倉の間伐材は、ただ丸太が出ていくだけの状態で、「西粟倉の木」として使ってもらえることはなかった」(井上)。現在、オンラインショップを通じて森の学校で加工した商品を届けられるようになりました。

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編注:森の学校の活動について、COROCALの記事に詳しく紹介されています。
『西粟倉村・森の学校  Part1 : 100年の森を育み、商品を生み出す、村の営業部。』
http://colocal.jp/topics/think-japan/kaijirushi/20131217_27605.html

森の学校の商品の一例として紹介されたのが、この「ユカハリ・タイル/下写真」。賃貸マンションでも床に敷くだけで、手軽に国産の木の床を作れるという商品です。「間伐材は、曲がったり腐ったりしているものが多いので、短く切ることで使える部分を増やしているんですね。森と都会をつなぐインターフェイスになれる木材を作っています」(井上)
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次に紹介されたのは、建築家の三分一博志さんが手がけた「直島ホール」。ヒノキの間伐材からできた大きな屋根が印象的です。無塗装のヒノキで葺いた屋根は、もともと白かったものの、約3ヶ月でこの味のある美しいグレーに変化したのでした。

直島ホール

△直島ホール

地域住民のスポーツ・レクリエーションや文化、芸能活動などの各種団体の活動拠点であり、防災拠点や葬祭などに活用される多目的施設がオープン。建築家の三分一は周辺の風や水、太陽の動きなどを約2年半にわたり綿密にリサーチし、この島に最適な建物を設計した。(瀬戸内国際芸術祭 2016のサイトより)

これだけの木材を提供するには、西粟倉の間伐材だけではとても足りない。そこで、森の学校がコーディネーターとなり全国の産地から集めてきたそうです。

西粟倉・森の学校
「最終的には、西粟倉の木を使ってくださる方が、“この木が生えてた森はどうなったんだろう?”と遊びに来てくれる関係を作りたいんです。この写真は、青豆ハウスの青木純さんと住民の人たちが毎年遊びに来てくれるのですが、そのときに撮ったものです。木材を通じて産地と暮らしがつながる、こうした関係を作っていけたらいいなと思っています」(井上)
 

木材の規格って、何だ?という議論

岩岡 直島ホールは、なんかすごいですね。

井上 すごいんですよ。プロジェクトは大変でしたよ。最初、“11mの節がない木を使いたい”と言われて、あぁ無理だなって空気が流れたです。そこで、僕が呼ばれてなぜ無理かを説明したんだけど…建築家の建材に対する認識って、どこかを探せばあるって感じなです。ただ、木ってそうじゃないですよね。森の状態に合わせないといけないから。いきなり“1ヶ月後にくれ”と言われても、そう簡単に手に入るものではない。両者の時間軸が違うので結構大変だと実感しました。

岩岡 そのギャップは確かにありますよね。

井上 時間だけじゃなくて、色とか節の位置とか、当然、自分のイメージに合うものにこだわるんです。ただ、どれが良くてどれがダメなのか僕らには分からない。そこに距離があるなと実感しました。完成した建物はすごいけど、担当スタッフは死にそうになってましたね。

岩岡 ある種の農作業ですからね。“今一番美味しいもの”を出せるけど、常に安定した同じ味のものは出せないですよね。例えば“去年の夏に食べたトマトと同じものをくれ”って言われても無理という。

井上 節が無いものを作ろうと思っても、使える丸太は1本しかない。それで、これに賭けるしかないってこともよくある。ただ、そんな時に限って割ってみると腐ってて途方にくれることもある。そもそも“木の規格品って、何だ?”とも感じる…規格に合わせたけど、そのため歩留まりが悪くなることも多々あるんですよね。

岩岡 ちなみに、直島ホールの相談が来たときって、もう設計が終わった段階でしたか?

井上 はい。使い方も決まっていました。

岩岡 例えば、設計プロセスの前段階で相談してもらえたら良かったかもしれないですよね。ヒノキの特徴をきちんと分かったところから話がスタートしていれば判断も変わってくると思う。

井上 そうですね。プロジェクトは楽しかったんだけど、設計の前段階から参加して、「ここはこの木を使ったほうがいい」とか提案できたら、さらに楽しかったと思います。

岩岡 もう1つ重要なのが、「節の問題」ですね。節が無い美しい木材を商品として見てしまうと“これが木材なんだ”って思うじゃないですか。ヒノキは、白く美しいイメージが先行してしまう。実際は、それを実現するために大変な苦労をしてることを分かってもらえない。これを繰り返していると、美しい木を届ければ届けるほど、本当の木を知ってもらうきっかけが無くなっていく気がしますね。

井上 確かに。だからJAS規格で等級が決められている現状がそもそもね。発注時は等級で指定されるから、こっちとしてはクレームが来ないようちょっと上のものを出すようにしますよね。供給責任の点から、あえてそうしているけど、暗黙の了解ができているのも事実です。

岩岡 等級って言われると、最上級が最も良くて、等級が下がると粗悪になるイメージだけど、実際は節の数が違うだけじゃないですか。フローリングなら節があると引っかかって危ないと思いますけど、天井の板材とか柱材で節が問題になることありますか?

井上 ないと思います。僕らは節が太かったり虫が食ったりしているような規格外のものは、『節だら』と等級を作って、“これでもよかったらどうぞ”と提案はしています。こんな木があることすら知られていないかな。

松本 分かります。工場見学で見せると「これで問題ないです」ってよく言われます。

井上 言われますよね。むしろ安くてありがたいとも。

岩岡 サイズと等級だけでオーダーするからこんな状況が行っているんですね。

井上 そう。問題なのはオーダーのやり方。だから僕らが木材のコンシェルジュになればいいんですよ。コストはこれくらいで使う場所はここで、お任せされる方法ですね。

岩岡 食材だと産地直送ボックスとか多いじゃないですか。「トマト10個」でなく「季節の野菜詰め合わせ」みたいな。あれは農家がコンシェルジュですよね。規格外でスーパーには並ばないけど、直接、選別されて送られてくる。そして食べてみたら美味しい。その考え方にすごく近いですよね。

井上 近いです! 木の制約条件みたいなものをあえて面白ろがる建築家が増えたら、もう“モク”って呼ばれなくなるのかもしれないです。

 

広葉樹の個性を活かしたプロダクトを作る、ヒダクマ松本さん

続いて、飛騨の松本さんからのプレゼンです。

トビムシ・松本剛さん

△トビムシ/ヒダクマ・松本剛さん

飛騨市、株式会社トビムシ、株式会社ロフトワークの3者が官民共同で昨年設立した、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)のリーダーである松本さん。ヒダクマでは、飛騨市の保有する市有林をはじめとした飛騨の森を活用する活動を行っています。

飛騨の間伐材
このように飛騨の木のほとんどはこのようにくねくね曲がった広葉樹。まっすぐに伸びるスギやヒノキとは違い、建材として使うのはほぼ不可能だそうです。斜面も急で、多種多様な木が生えているため、ほとんど使わることはありません。

ここで、飛騨の木を活用しメーカーとの共同開発されたプロダクトを紹介してくれました。スマホで野菜を育てられる家電「デスクトップ型水耕栽培foop」(https://foop.cestec.jp/)です。

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「温度変化が激しく水蒸気も出る環境で使う家電製品ということで、木を使うことは非常に難しく、普通は断るところですが、きちんと商品になれば、普段は無垢の木に触れない都会の人にも使ってもらえるだろうと思い開発したんです。1年くらいかけてやっと形になりました」(松本)。しかし、苦労したのが、やはり節の問題だったそうです。

「いくら天然木だからといっても、センターのロゴの近くに節があるのはダメ。“これくらい、いいじゃん”と思っても、メーカーや購入者からNGが出て交換することを想定したら、判断基準を厳しくせざるを得ないんですよ。この節の色ならよいけど、こっちはダメとか、そもそも言語化できない。だから節の無いものを採用するしかないんです。ただ、メーカーの方にも飛騨にお越しいただいて、木のことを理解してもらったことで、コミュニケーションはしやすくなりました。」(松本)

次のスライドで紹介されたのは、某オフィスの改装事例。写真には、スギの輪切りの円形ローテーブルや、板を乾かす際に使用される桟木で作った間仕切りなど、アイデアが詰まった唯一無二のアイテムがたくさん並んでいます。オフィスを使う社員とデザイナーと建築家が飛騨に訪れて、製材所で木を選び、その木の個性を活かした家具や内装を考え、ヒダクマがコーディネートして納品しました。
飛騨の木工製品の導入事例

岩岡 この右下の机の天板は不思議ですね。どうなってるんですか?

松本 曲がった細い木を真っ二つに切って、背中合わせにして間にアクリルを流し込んであるんです。飛騨は家具の産地なので木を加工する技術は多くあります。何か技術的な課題があったとき、地域の加工所を回れば解決することが多いんですね。

今は飛騨産の木材が使われることこそ少ないですが、世界中から木が集まり、家具産業が集積していることを活かして、やりたいことがあれば対応できる技術はそこら辺にあります。だからこそ、まず飛騨に来てもらいたいなといつも思います。料理に例えるなら「いろんな食材と調理法があるので、まずは食べてみてください」。それを経験をした上で、一緒に新しい木の使い方を開発きましょうというスタンスです。

岩岡
 いいですね。エンドユーザー、発注者、設計者、職人、いろんな立場の人たちが飛騨に来てくれますよね。そこで木の良いところを学び、その魅力を引き出せるし、場合によってはデメリットをデザインに変えてしまえる。一方で、受注生産だけだと規模がスケールしないですよね。それに対しての戦略はありますか?

松本 西粟倉のように決まった樹種が生産される人工林と違い、飛騨の森はブナ、ナラ、サクラなどいろんな種類の広葉樹が生えています。これまでははお金にならない木だったかもしれない。しかし、木の個性を活かすために異素材やテクノロジと組み合わせる可能性を模索していて可能性も見えています。そののための拠点づくりやコミュニティ作りをヒダクマで行っているところもありますので、興味を持られた方はぜひ参加してほしいですね。

 

様々な仕掛けでコラボレーションを生み出す、Hidakuma森口さん

FabCafe Hidaの森内明子

△FabCafe Hida・森口明子さん

ゲスト3人の中で最も“モク歴(木と向き合う年月)”が短いという森口さん。前職はエナジードリンクの企業でPRをしていたのだそう。ずっとやりたかった大規模なプロジェクトをやりきった後、ふと自分の中に満たされない空虚感が生まれたとか。そこで、ずっと興味のあった、社会への還元やサステナビリティ、日本の伝統産業の革新、拠点を持つといったことをビジョンにしたダクマの事業内容にに共感して、飛騨への移住を決めたのでした。

森口さんの仕事は、主にFabCafe HIDAをものづくりやクリエイティブが生まれる拠点にすること。そのために、イベントを企画したり、ストーリーを世の中に発信しながら、デザイナーや建築家などの滞在型のクリエイティブキャンプを実施し、革新的なものづくりの誕生を促進すること。

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205年春の立ち上げ後、とにかくFabCafe hidaやヒダクマがこれからやっていくことが何なのかを伝えるために最初に行ったのが森と都会をつなげる『ヒダクマ秋祭り2015』でした。その内容は、“人と森の共生のデザイン”をテーマに、木工×FABをテーマにした展示会やトークショー、ものづくりワークショップや、たむらぱんのライブパフォーマンスなど、大いに盛り上がりを見せた2日間となりました。

「人と森がバランスをとって生きていくことはいつの世にもチャレンジですが、ほんの小さな一歩でも踏み出せば、血が通い始めるはずです。クリエイティビティをもってデザインすることが解決につながると信じ、従来の方法と最先端のテクノロジーを融合させながら実験を繰り返し一歩一歩進めていきたいと思っています。そんな小さなハプニングの粒を、ここFabCafe hidaを拠点に、飛騨の資産を生かしながら起こしていけたら面白い。

ここには大自然と伝統の技術とその精神がある。それらを都心や世界と結びつけた時に想像もしなかった面白みやエクスプロージョンが起こるのを見たいのです。秋祭りはそんなイメージを皆さんにお伝えするためのお披露目の場でした」と森口さんは語ります。

さらに「全国からたくさんの人にお越しいただけいてとても嬉しかったのですが、同時にかたちにして納得感をもって理解していただくことが大切だなと感じています」とのこと。

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その他、デザイナーとの共創の施策は、FabCafeらしく海外との連携も多々行っています。2016年の5月28日〜6月20日まで、海外の学生に向けたデザインキャンプ「Smart Craft Studio in Hida 2016」を開催しました。日本、ニューヨーク、ロンドン、台湾から建築・デザイン専攻のの学生が約30名を集まり、飛騨の伝統技術とIoT(Internet Of Things)を組合わせ、革新的な製品や体験を生み出しました。

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「海外の学生たちは、日本の文化、精神、そして飛騨の豊富な森林資源、美しい組み木の技術、職人魂などに大きな感銘を受けていました。その体験を友達や家族などに伝えることだけでも大きな価値です。今回のキャンプでは、感じたり学ぶだけでなく、実際に試作品を作っていきました」

その結果、「いろいろな意味で地域の人や日本のデザイン領域の人たちにもインパクトをもたらしましたね。大都会に当たり前にあるものや情報がない環境で、改めてゼロから情報や物の意味を捉え直し、その土地の土壌や文化、環境、人にとって必要であろう何かを創り出していくこと。最先端のテクノロジーを活用しながらも、時代を通じて伝えられてきたコアを見出していくプロセスはとても面白いものでした」(森口)

参加者は、3週間の短い間で実際に製品化につなげることは難しかったですが、たくさんのアイデアやヒントを残しました。今後もこうした刺激的な合宿やワークショップを続けていくそうです。

 

“モク”に向き合う飛騨と西粟倉、それぞれの挑戦

会場の様子
岩岡 飛騨と西粟倉では、広葉樹と針葉樹の違いもありますが、手法が全然違いますよね。西粟倉では森をいかに動かすかというダイナミックな流れを作っているのに対し、飛騨は訪れた人や現地の職人のコラボレーションで生まれる何かに期待している。井上さんから見て、飛騨の取り組みに何を感じますか?

井上 面白いと思います。僕らは完全にアナログな領域での考え方なのに対し、飛騨はロフトワークが入ることで、現地のアナログな職人にデジタルの風を吹き込んでいますね。アナログとデジタルが融合した新しいモデルは可能性を秘めていると思うんです。

松本 ただ、現在の取り組みを重ねていってもいきなりスケールはしないと思っています。重要なのは、森のことをもっと知りたい、関わりたいと、クライアントやエンドユーザーの意識が変わって、関連するビジネスの在り方を少しずつ変えていくこと。例えば、家電にも木を使えるんだ、とか。ヒダクマのやり方にはそのポテンシャルはあるなと思っています。 だからこそ、木の可能性をどれだけ引き出せるかというところにチャレンジしていきたいですね。

森口 飛騨での取り組みが僅かながらもムーブメントにつながり、ライフスタイルに変化が起きると良いですね。木のある生活が当たり前になることが理想です。例えば家具だけでなく、毎日使っている歯ブラシの持ち手が木だったら気持ちいいかも!とか、通りのガードレールが木だったら当たっても優しいかも(?)とか、普通に考えるようになったら面白いですね。

岩岡 飛騨と西粟倉の話しか出ていませんが、全国に同じような想いを持っている業者はたくさんいると感じています。このようなディスカッションがきっかけとなり、これまで“モク”とまとめられることに対するアンチテーゼを、森のヒト側から打ち出していけたらいいですね。 今日はありがとうございました!
 

構成:LAYOUT 編集部
テキスト:野本 纏花(@nomado617