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中心空間“コア”によりパブリック/プライベートを流動化させるtakramのオフィス

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パブリックスペースとプライベートスペースの間に設けた
“コア”の使い方には皆すぐに馴染みました(田川)

東京メトロ・表参道駅から徒歩2分ほど。青山通りに面して建つこのあたりのランドマークビル「Ao<アオ>」のすぐ裏に、takram design engineering(以下、takramと略)のオフィスがある。

「社外の人が気軽に立ち寄ってくれるオフィスにしたいと思って、駅から近いこの場所を選んだんです」と同社代表の田川欣哉さん(上写真左)は話す。

takramは“デザインエンジニア”が中心となり、デザインとエンジニアリング(テクノロジー)の領域を分けずにものづくりを行うクリエイティブ集団だ。ソフトウェアからハードウェアまで幅広く製品開発を手がけ、主な仕事に、親指入力機器「tagtype」、無印良品のiPhoneアプリ「MUJI NOTEBOOK」やクラウド名刺管理アプリ「Eight」、NTTドコモ「iコンシェル」や「iウィジェット」のUI開発などがある。

takramが現在地にオフィスを移転したのは2012年12月のこと。オフィスは小規模なビルの2階にあり、ワンフロアをまるまる使っている。来客がまず迎え入れられるのは、同社のパブリックスペースだ。その奥に“コア”と呼ばれるスペースがあり、さらに奥に社員のデスクが並ぶプライベートスペースが続く。各スペースはガラスの引戸とカーテンで仕切っていて、コアはそれらの開閉によって、あるときはパブリックに、またあるときはプライベートに連結し、両義的な使い方ができる。建物の既存平面が二つの正方形を一部重ねたような形で、その重なった部分にコアを当てはめているため、「状況に応じてガラスとカーテンで仕切りつつ、空間をフレキシブルに使う」アイデアとプランが、ごく自然に一体化している。

そして、このフレキシブルな仕掛けはtakramの活動形態にもぴったり符合。「この仕掛けには皆すぐに馴染んで、自然に使いこなしています。これなしにはもう生きていけないくらい(笑)」と田川さんがいうほどである。

 

スペース:takram design engineering 表参道オフィス
オーナー:takram design engineering
設計:高塚章夫(aaat高塚章夫建築設計事務所)+カズ米田(takram design engineering)
所在地:東京都港区北青山
床面積:247㎡

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takramの日頃のプロジェクトの進め方が
オフィスの設計プロセスにも表れていました(高塚)

このアイデアは田川さんをはじめとするtakramの面々と、建築家の高塚章夫さんとのコラボレーションによって生まれた。田川さんは以前のオフィスのときから、「社外の人たちとの交流を広げられるような場所を持ちたい」との思いを膨らませていた。「以前のオフィスはパブリックとプライベートをくっきり分け、社外の人に入っていただけるのはミーティングスペースまで。そこから先は会社のプライベートスペースで、外から中の様子は全く見えませんでした。守秘義務のある仕事が多いので、それはそれで使い勝手は良かったのですが」。

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takram design engineering 田川欣哉さん

以前のオフィスが手狭になって移転することになり、候補物件を選び始めた段階で、田川さんは高塚さんに設計の相談をもちかけた。建築家としてtakramに参加したばかりのカズ米田さんとコラボレーションという形にすることで、内外の知恵を融合した新しいオフィスの可能性を探求する狙いだった。

「takramと社会との関わり方や組織内での人間関係など、当時の様々な状況を少し変えていきたいから、場所も重要だし空間も重要。“それらを一緒に考えましょう”という話から始まったことを覚えています」と高塚さんは振り返る。

すぐに田川さんは、「メンバーに会って、皆が新しいオフィスに求めるものを吸い上げてほしい」と高塚さんに頼んだ。設計の仕事では通常、クライアント側が事前にある程度リクエストをまとめているものだが、その前段階から高塚さんが参加することを田川さんは望んだのである。それから高塚さんはほぼ毎週のようにtakramのメンバーと会い、新オフィスについての“ブレーンストーミング”を行った。その期間は2カ月半に渡る。

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建築家 高塚章夫さん

「ビジョンを先に決めるまでは、あらゆる可能性をテーブルの上にのせて、それを皆が本当に共有できるかどうかを取捨選択していく感じでした。空間の形や具体的な使い方を話すようになったのは後半です。そして、話し合いを重ねるうちに、田川さんが言わなくても大きなジャッジは皆から自然に発生するような、全員ですでに共有し始めていることが本流になっていくような、そんな空気が醸成されていきました。今思えば、takramの日頃のプロジェクトの進め方が、このオフィスの設計プロセスにも表れていたような気がします」と高塚さん。

「最初から正解を求めようとする、あるいは、ゴールをイメージしてプロジェクトを進めていくカルチャーが僕たちには全くないんです」と田川さんが続ける。「どの仕事に対しても基本はいつも手探りです。『これをつくるべきだ』という明確な目的が初めにあると、本当にそれでいいのかなと逆に疑ってしまう。テーマそのものもリセットできる状態にあるほうがいいと思っています。こういうアプローチは一見、効率が悪く思えるかもしれませんが、頼んでくださる側もゴールがいまいちわからないことは往々にしてあるもの。僕たちのクライアントからのリピート率が高いのは、『takramとなら、ゼロの状態から手探りで、面白いものを一緒につくり出せる』と感じていただけているからなのでは、と思っています」。

 

最後まで悩んだアルミの床。今はとても気に入っています(田川)
takramの空気を表すにはこれ以外の材料はないと思いました(高塚)

プランの検討過程でブレイクスルーとなったのは、パブリック、プライベート、パブリックにもプライベートにもなるコア、これら3つの空間を実際の平面形にうまく落とし込めたときだった。「3つの空間をヒエラルキーなく並べられたことは大きい」と高塚さん。もともとコアにあたる場所には窓がなかった。そのため薄暗く、空気の流れも淀みがちになることを懸念していた。しかし、パブリックかプライベートに属して使うようにすれば、風も抜けるし光も入る。「最も不利に思える場所が、実は一番魅力的に使えるという発見によって、コアを中心とした設計が外側に広がることになりました」。
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コアの空間の柔軟性を高めているのがガラスの引戸とカーテンによる間仕切りだ。これは二重構造なのがポイント。ガラスは音を、カーテンは視界を遮るから、例えば引戸を閉めてカーテンを開けておけば、視界は確保しつつ音だけ遮断できる。その逆も容易だ。この二重構造はコアの三面に設けられているので開閉の組み合わせ方は64通りあり、さらに、引戸やカーテンの開閉の割合によっても空間の使い方は無限に変わっていく。ちなみに、カーテンの生地はテキスタイルデザイナーの安東陽子さんがこのオフィスのために開発・デザインした特殊なもの。パブリック側からはほとんど見えないが、プライベート側からは若干透ける生地を2枚重ねている。

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また、パブリックとコアの床仕上げにはアルミ、プライベートにはウッド(アッシュ材)を用いた。アルミの床材は極めて珍しい。柔らかい材料で傷つきやすいので、普通は床に使うことなど考えもしないものだ。それをあえてここで採用したのは、アルミの素材感が生み出す多様な効果に期待したからだという。アルミには微小ながらも鏡面効果があり、その上に置いたものがふわりと柔らかく映り込むので、空間が垂直方向に拡張する印象を与えられる。これによって天井の低さを克服するだけでなく、空間に広がりを感じさせている。

「今はこのアルミの床をとても気に入っています」と田川さんは話すが、実は、最後の最後まで悩んだ。「高塚さんは以前に展示会の床にアルミを使った経験があって、大丈夫だと言ってくれましたが、僕もプロダクトデザインを通してアルミの弱点をよく知っています。最後は現場に1m角のサンプルを置いて、他の材料と見比べました。そしたらアルミのサンプルがとてもきれいで、ああ、もうこれにしようと決めたんです」。対して高塚さんは、「禁じ手であることはわかっていました。でも、takramらしさ、会社の空気みたいなものを表すにはアルミしかないと思ったんです。今回の設計で田川さんに一番感謝しているのは、この床を選んでくれたことです」と語る。

 

このオフィスで、takramの活動の新しさを体現したかったんです(高塚)

「最初の目論見がオフィスでの生活にダイレクトに影響しているので、面白いなと思っています」と田川さん。このオフィスに移ってから、社外の人たちとの関係性が以前のオフィスのときより格段に良くなったという。「昼時に『近くまで来たから』とふらりと寄ってくれたりするんです。アクセスが良いこと以上に、“来やすい感じ”がするのでしょうね。スタッフも以前の倍くらいに増えました。この環境なら働きたいと思ってくれたのでしょう」。

takramでは毎日15時からの30分弱、社員の交流を図る「お茶の時間」を設けている。その場所はコアだ。また、ゲストを招いてトークセッションを行う「アカデミー」を3週間に一度、「ビアパーティ」を2カ月に一度開催していて、多いときは約150人が集まる。そのときはコアとパブリックの間を開放する。ビアパーティは以前のオフィスでも開催していたが、アカデミーはこの場所に移ってから始めた。いずれも参加者は、フェイスブックのコミュニティに登録している人か、takramのメンバーやメンバーの知人の招待を受けた人たちだ。「僕の知らない人もたくさん来てくれます。お客さん同士での交流も広がっているようで、出会いというのは何がきっかけになるかわからないから楽しい。スペースがあってこそできることなので、こういうオフィスにして良かったと思っています」と田川さんは語る。
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高塚さんは「takramは新しいことを行う会社で、新しさの定義そのものが新しく、彼らの活動内容を一言で表すことがなかなか難しい。僕はこのオフィスで、その定義できないところを体現したいと思いました」と話す。

「このオフィスの印象は人それぞれでしょう。軽やかだと感じる人もいれば、キリッとしていると思う人もいるはず。受け手がどういうふうにも解釈できる幅がある。それはtakramに対する正しい理解にも通じているんです」。そして、最後にこう付け加えた。「ここで働く人たち自身が、空間を通して自分たちの多様性を日々発見してくれたら嬉しいですね」。

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取材・文:長井美暁(フリー編集者/ライター)
構成:LAYOUT編集部

田川 欣哉 Kinya Tagawa
デザインエンジニア takram design engineering代表
1976年生まれ。1999年東京大学工学部卒業。2001年イギリス・ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。2006年にtakram design engineeringを設立。
http://www.takram.com/


高塚 章夫
 Akio Takatsuka
建築家 aaat高塚章夫建築設計事務所代表
1972年生まれ。1998年京都大学大学院修士課程修了。2000年フランス・パリのラ・ヴィレット建築大学修了。伊東豊雄建築設計事務所を経て、2009年にaaat高塚章夫建築設計事務所を設立。
http://www.aaat.jp