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クリエイティビティを鍛えるため、場に余白を。オフィス深化論Vol.1:岡村製作所・鯨井康志さん

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共創空間やフューチャーセンター、クリエイティブ・オフィスのような、オープンで創造性を刺激する空間設計が世界的に注目されると同時に、日本でも多様な働き方が生まれ始め、オフィスの在り方も進化を求められている昨今。イノベーション想像や新しい価値創出の手段としてオフィスに何ができるのか、デザイナーが研究者と共に、未来の職場と働き方の在り方を深掘りするイベント「オフィス空間深化論 vol.1」を2016年9月29日に開催しました。

イベントのナビゲーターを務めるデザイン・ユニット岩沢兄弟のおふたりが毎回テーマに合わせた研究者のゲストを迎え、トークセッションを繰り広げる本イベント。第一回目のゲストは、『オフィス進化論』(日経BPコンサルティング刊)の著者であり、30年以上オフィス空間の先端研究を続けてきた株式会社岡村製作所の鯨井康志さんです。オフィスはこれまでどのような進化を辿り、これからどのように進化していくのでしょうか。「進化」をテーマに、オフィスの歴史から未来を探ります。

編注)本レポートに掲載されている写真の一部は、鯨井さんのプレゼンに関連したものを、LAYOUT編集部が独自に引用掲載しています。引用元:*Early Office Museum (http://www.officemuseum.com/)など 

100年前から振り返るオフィスの歴史

まずはイベントの主旨説明があり、セッション1は、鯨井さんによる「ワークプレイス進化論」のプレゼンです。働く場が時代と共にどのように変わってきたのか、一挙に歴史を振り返りました。

スタートは約100年前。こちらはオフィスの先進国であるアメリカの百貨店シアーズ・バロック社の風景です。

Order Entry Department, Sears, Roebuck & Co., Chicago, IL, c. 1913. Workers are using Oliver typewriters.

タイピストの女性が大部屋にぎっしりと机を並べ、一心不乱にタイプを打っているのが分かります。ところどころに立っている人は、サボっていないか監視をする監督者なのだそう。産業革命によって工場の合理化が進むと共に、工場のやり方をオフィスに持ち込もうと、厳しい管理が行われた時代でした。

Partial View of Home Office, Victory Life Insurance Co., Chicago, Ill.,(Photo from Early Office Museum Archives)

工場の合理化を進めた科学的経営の第一人者フレデリック・テイラー氏が考案したのは、ベルトコンベヤー式の流れ作業によるワークフローです。「書類を仕分けする→手書きで原稿を作る→タイピストがタイプする」といったように分業で仕事を進めるため、デスクは同じ方向を向いて配置されていました。

映画『アパートの鍵、貸します』の一場面

映画『アパートの鍵、貸します』の一場面。(引用元:Blogging By Cinema-light

そこからオフィスの作り方に大革命が起きたのは、1958年のこと。ドイツの経営コンサルタントチーム「クイックボナー」が考案した「オフィスランドスケープ」という概念です。情報の流れに沿ってコミュニケーションが円滑になるよう、机がランダムに配置されているのが分かります。

オフィスランドスケープのイメージ図
wikipediaより)

 

ヨーロッパで起きた人間性を回復する動きが、海を渡ってアメリカに入り「オープンプランオフィス」の形で実現されました。低い仕切りで個人のプライバシーを尊重し、コミュニケーションを取りながらも個人の空間が確保されている、現代に近い形が生まれたのが1960年頃のことです。

現在のオフィスを考える

続いて日本のオフィスについての歴史紹介がなされました。大まかには欧米と同じ流れをくむことになります。現在に続く過去20年歴史におおては、1990年代バブルが崩壊した後、効率性を高めようとする動きにシフトしていきました。さらに10年経ち、2005年頃になると、クリエイティブが重視されるようになり、“知識創造”が合言葉になっていきます。

「知識創造=クリエイティブ・オフィスは、今も相変わらず続いている」と語る鯨井さん。「ライバル企業に先駆けて新しい価値を生み出すための礎となるのがオフィス」だという考え方で、「集中して仕事をするエリア」と、「人が交流するエリア」をバランスよく配置することが主な取り組みとなっています。

最近では、「ABW(Activity Based Workplace)」という考え方が生まれており、社内にいろいろなスタイルのワークプレイスを用意しておき、働く人が仕事の中身に応じて、自分がやりやすい環境を選んで働けるようデザインされているのです。
ABW(Activity Based Workplace)の効果
ABWを採用した場合と、そうでない場合において、主観的にどのような違いが出るのか調査した結果が、上のグラフです。どの数値もABWを採用した方が高い数値が出ており、特にモチベーションの向上において、大きな成果が見られることが分かります。
日本のワークプレイスの変遷
日本のワークプレイスの変遷を見たときに、「快適性→効率性→創造性」という流れの次に来ているのは「多様性」だと言う鯨井さん。会社が積極的に多様化する時代に合わせ、オフィスも多様性に対応できないといけないのだと説きます。
働く場所は分散する図
「働く場所が分散しているのは、みなさん経験済みだと思います。働く場所が分散することにより、センターオフィスは“情報集約の場”という機能を担っていく必要がありますし、つながりを強化する場を意図的に作っていかなければなりません。また、社内外の知見を取り込む場所として、外の人とコラボレーションできる場も大切になってくるはずです」(鯨井さん)

未来のオフィスを考える

「働く場所が分散することにより、オフィスと自分の間柄が希薄になっていくのではないか」と鯨井さんは警鐘を鳴らします。自分の働いている場所に愛着を感じる人が増えるよう、鯨井さんは「ワークプレイスの愛着大作戦」をやってみたいそうだ。
日本のワークプレイス愛着大作戦
「ワークプレイスを実り豊かな場にするために、企業は“企業らしさ”を表出し、多様性にも配慮した上で、働く人がいきいきできる環境づくりをしなければいけません。働くほうも、自ら働く環境を作ってもらいたい。この両方によって、会社と働く人のエンゲージメントが向上すると考えています」(鯨井さん)

最後に鯨井さんは、1995年のアメリカの広告代理店のオフィスの写真を提示しました。カラフルなデザインで、可動式のテーブルや椅子がランダムに配置されており、自分で働く環境を作ることができるようになっています。このスタイルを20年も前に実現していたなんて。「こういった姿の中に、見習うべきことが多々あるように思っています」と語る鯨井さん。ワークプレイスの変遷が意味するのは、働く人の時間や空間からの「解放」の歴史でもあったのですね。

米国の広告代理店Chiat/Day Inc. (現TBWA\Chiat\Day)が1994年に描いたイメージ『New Ways of Working Chiat Day 1994』(https://jp.pinterest.com/pin/79024168431710427/より)

愛着の生まれるオフィスの作り方とは?

次に、会場となったFabCafe MTRLの小原和也よりFabCafe MTRLの紹介と、設計者・岩沢兄弟による自己紹介が行われた後、ロフトワーク代表取締役社長の諏訪光洋と鯨井さんを交え、4名によるトークセッションが開かれました。

小原 岩沢兄弟は空間を作る上で心がけることはありますか?

岩沢(弟)
 「回す」「動かす」「揺らす」「拡げる」という4つのポイントです。場をかき回すために、人が関するな不安定なツール(家具)をあえて入れることで、人の関係性や距離感が変わってくるんですね。それはこのFabCafe MTRLのときも同じで、“よく分からないスペース”をそのまま残すことを意識しています。情報や状況を共有するためには、スペースを作っておくことが重要だと思うので。

鯨井 先ほどのプレゼンでもお話しした通り、自分がアクションすることが大事だと思っていますので、なんのためかよく分からない、使う人が勝手に考える“よく分からないスペース”を残しておくことは、私も大事なことだと思います。昔はよくあった空き地のようなイメージですね。あの場所は、自然と子どもたちがクリエイティビティを鍛えていたのではないかと思っていて。今の大人はそういう経験をしてきていない人も多いので、今からでも“よく分からないスペース”を、クリエイティビティを鍛える場として用意すべきですね。

諏訪 Googleのようなイノベーションを起こしている企業では、ずいぶん前から面白い空間を作っていますよね。それは、お金が余っているからではなくて、人と人の距離が変動することで、密なコミュニケーションが生まれてくることを理解しているからじゃないかなと。
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岩沢(兄) 昔の空き地には、土管のような“工夫すれば遊べる何か”があった気がしていて。自然と人が動かしたくなるような面白い家具をおもちゃとして投入してあげることで、それぞれが好き勝手できるだろうと思いながら、僕はいつも設計しています。

諏訪 “よく分からないスペース”ではないのですが、天井も似たような議論が生まれますよね。オフィスの天井を落としたいと思ったときに、上司や役員に「なんで?コストをかけるだけの成果が得られるの?」と聞かれても、説得するのはすごく難しいと思うんです。でもビジネスにおける口説く場面では雰囲気って大事じゃないですか。商談や合意形成は、ビジネス相手を口説くことです。閉鎖的で無機質な安い空間でなんて、口説ける気がしない。そういった流れが多くなっている傾向はありますか?

鯨井 世の中の流れは、どんどんオープンに向かっていると思いますね。床から天井までびっちり仕切られた、音も聞こえない・視線も遮られている中で、いろんなことが決まっていくのは、人間として気持ち悪いんじゃないですか。
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小原 未来のオフィスでは、どういった機能を持つ場所が増えていくと思いますか?

鯨井
 一番外に開いているところですね。今のオフィスだと受付が一番近いです。オフィスの外側と内側の間にある“中間的な空間”が、とても大事になると思います。日本家屋で言うところの“縁側”ですね。家の外と内の中間にあって、いい具合に近所の人が来たときに、ちょっと話ができる。あのような雰囲気の空間が、オフィスの中でもっとフィーチャーされるべきじゃないかと感じています。

小原 FabCafeやロフトワークが入っているビルは、そうしたレイヤーがゆるやかに設計されているから、働きやすいのだと気が付きますね。1FのFabCafeは多くの人が出入りするオープンな場所なので、フランクな打ち合わせに最適。さらに少し目的が定まって作業をしたいときは、2FのFabCafe MTRLに上がって来ればいいし、もっと集中したいときは8Fや9Fの執務スペースで仕事をすればいい。しっかりとした打ち合わせには、10Fの「COOOP」が向いています。
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岩沢(兄) 2FのMTRLや10Fは、お客様を招くときに、お客様のことを想像しながら、打ち合わせの空間を作って欲しいなと思います。そのような意図で設計したので、バラバラな机をいくつも置いたり、簡単に移動できるようにしたりしています。わざとそうすることで、場に愛着が湧くし、お客様を招きたくなるだろうという考えですね。

鯨井 場を自分で作る以外にも、使った人が自分の痕跡を残せるのも大事ですね。手垢が残るというか。今のオフィスで一般的に使われている机の天板は、傷がつくと残念な感じになってしまうのですが、ここは木の机なので傷がつけ放題で、とてもいいなと思っています。木は傷がつくといい味になりますよね。自分がつけた傷があれば、またそこを使いたくなるし、好きになっていく。エイジングを推奨することは重要だと思います。

岩沢(弟) 傷って、愛着を生むだけでなく、記憶に残すための引っかかりになりますよね。ツルツルなものよりも、情報量が多い。愛着や記憶というとノスタルジックなようですが、必ずしもそうではなく、業務上で必要なノウハウが詰まる可能性があるのではないかと思うんですよね。
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続いて、会場からの質問です。

参加者
 岩沢兄弟に質問です。最近は遊び場をオフィスに組み込むことが多いと思います。クライミングウォールがあったり、ラジコンのレースができる場所があったり。そうしたインパクトのあるオフィスの提案はありますか?

岩沢(弟)
 企業のプロモーションとして欲しいのであれば作りますが、機能的にはすぐに飽きるので、そこを重視した提案をすることは少ないです。ただ、インパクトある変な提案をしても、通らないことの方が多いですね。

諏訪 「面白いものを作って欲しい」という要望は、言い換えれば、コミュニケーションを生み出す装置を期待しているんですよ。ただ、企業文化にあっていないならば、トリッキーなものでなくていいと思います。昔はタバコ部屋が重要なコミュニケーションスペースだったと思うんですけど、今はその代わりとしてカフェスペースのようなものが重視され始めているのだと思います。

小原 ありがとうございました。これからもゲストを招きながら、いろいろな切り口でオフィスや働き方についてディスカッションできればと思っていますので、また次回以降もよろしくお願いします!

構成:LAYOUT 編集部
テキスト:野本 纏花(@nomado617