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地域に開かれた公民館のようなオフィスビル《SHIBAURA HOUSE》を科学する-解体新所#02レポート-【後編】

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前編の続き

2017年1月19日、広告製版社代表・伊東勝さんと当時、妹島事務所でSHIBAURA HOUSEの建築を担当した建築家/SANAAパートナー・山本力矢さんとのトークのあとは後半戦。解体新所の“代表研究員”であるロフトワーク・松井創がモデレートし、会場も含めたセッションを展開しました。

本来の広告は、消費されるものでなく地域や文化なのでは

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松井 継がれた事業を刷新しようとビルごと変えたのが凄いですよね。本来、一番語られるのはビジネスだと思うんですけど、伊東さんは公共性や文化性も大事にされました。その背景は?

伊東 僕達は広告の仕事をしていますが、僕自身は広告に対する猜疑心が昔からあって。広告って本来は人対人のコミュニケーションの延長線上にあるものだと思うんです。商品的に消費されるものではなく、地域とか文化とかが広告になり得るのではと考えていました。あとは、差別化です。他の組織がやっていないことをやらないと小さい会社なので生き残っていけないんですよ。そこで僕達の信念が反映できるような建物の運営がしたかったんです。

 

巨大すぎない「地域」の範囲がよかった

松井 SHIBAURA HOUSEは、フロアの用途や使い方が決まらないまま竣工したというお話でした。それって建築のつくりかたとしては特殊だと思うのですが、山本さん、どうでした?

山本 プログラムはずっと決まりませんでしたが、途中から「このビルはオフィスじゃない」ってことは考えていました。「縦型のワンルーム」と「地域のプラットフォーム」だけを意識して設計しました。使い方は決まってないけど、空間に人がきて「こういうふうな使い方ができるといいな」が生まれる。新しいプログラムが新しい建築空間を呼ぶのではなく、新しい建築空間があって、地域と呼吸して、呼応して、使い方も含めて地域とコミュニケーションが起こる感じですね。

伊東さんがビジョンで投げかけた「地域」の大きさが、あまり巨大にしなかったところがうまかったなって思っているんです。SHIBAURA HOUSEという名前もなかなか良かったかなと。

質問者 「地域」ってここではどんな範囲ですか?

伊東 芝浦は、地形的に独特な地域です。芝浦1丁目〜4丁目は、田町駅の南側、明治以降の埋め立てられた場所で、物理的に地域が区切られているんです。その中に「芝浦アイランド(タワーマンション)」のある場所があって。ある意味、価値観や年代、生活スタイル、お給料が近しい人達が集まっているエリアです。意識とか生活のエリアという意味では、芝浦には地域としてはわかりやすい「境界」があると感じています。

芝浦地図赤い線で囲まれたエリアが芝浦

 

人の佇まいや、やっていることが見られている

松井 いっぽうで毎日のように来る近所のおばあちゃんもいると伺いました。

伊東 あえてドアをあけて入ってくる人は、踏み出して来る人。ある程度、限られた志向の人が入ってきているとは思います。

山本 毎日やっているイベントを外から見ていて、そんな人が来るから盛り上がるんですよね。その空気に共感をしてやってくる。巻き込まれている人がつくるコミュニティではありますね。

伊東 ただ、できた当初はあまり理解されず、奇異の目でみられていた感じ。「フリースペースです。使ってください」と言っても、「なんじゃこりゃ」という感じで。そこから人が入ってくるまでの苦労や試行錯誤はだいぶありましたね。

松井 そこがブレークしたきっかけは?

伊東 1つは、入りやすいイベント企画を増やしたことです。料理とか植栽とかそういう間口のひろいようなイベント。あとは先程言ったようにお母さんたちが人を呼んでくれた。そして、ちょっと山本さんには申し訳ないんですが、SHIBAURA HOUSEの運営をはじめて、ある意味、建物の力の限界を感じたんですね。どんなきれいな空間ができてもそれだけでは人が入らないことが分かりました。人は、そこでやっているイベントとかスタッフの佇まいとか雰囲気を見ていることに気づいたんですね。

今、メインのスタッフで5年目に入った岩中っていうのがいるんですけど、非常にコミュニケーションがとれる人間で、人に対してもオープンで、入りやすい雰囲気をつくってきてくれたなって思っています。そういうことが繰り返されていくとあとは口コミで拡がっていくんです。
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建築家として気になる、ほうっておけない

質問者 建築って引き渡したら終わりだと思ってましたが、伊東さんと山本さんの関係が続いていますよね。

山本 建物って引き渡した瞬間にすべてうまくいくことはないんです。ましてや公共空間となると、いろんな使い方が考えられて、不具合がでてくるもの。僕は基本的にはずっと何年前の案件でも気にかけています。今回のSHIBAURA HOUSEの場合、広告製版社のものでもあるんですが、地域のものでもある。そして、僕らのものでもあるんです。分身みたいなもので、だから気になるんです、単純に。ほうっておけない。だから関わっているんです。

松井 空間の使い方に持ち込み提案とかあるわけですよね。採用の合否は?

伊東
 自分でいいなって思ったものです。違うなって思うものはお断りしてます(笑)。
あまり数値化したり、レギュレーションまではしてせん。ただ持ち込みが多いので、フレンドシップという仕組みは作ってある程度フィルターしています。今度新たに、自分たちが助成金を受けたものをフレンドシップの団体に分配していくような、ハブになる仕組みみも始まります。

 

地域と呼吸しながら使われるプラットフォームへ


松井
 SHIBAURA HOUSEって、たしかにガラス建築で透明な美しいビルなんですけど、
一言で表現すると、いい意味で玉虫色のようなビルで。ここで生まれる活動それぞれが、
SHIBAURA HOUSEを作っている感じ。これを企画したひと、設計した人は凄いと思っていました。本イベントでは、どこまで計算づくで計画されたのが知りたかったんです。計画という意味では狙いどおりできていますか? お話を聞いていると、かなり無計画って話もでていましたが(笑)。

伊東
 計画性の話でいうと、よくわからない時代ですよね、今は。だいたいあのへんを狙っていこうと考えています。でも方法論は常に変化せざるをえない。山の頂上を目指しつつ、天気をみながら登山ルートを選んでいる感じです。明日の天気がどうなるか僕はわからないので。そのぐらいの柔軟性…足腰を鍛えながら、どんなことがあっても前を向ける状態が必要なんじゃないかなと思います。

山本
 案外当初の計画どおりのような気もします。なんとなく、人の佇まいが、希望の方向になっている気がしています。細かいイベントや出来事は予想外のものもありますけど。方向性はやっぱり、伊東さんと積み上げてきた延長線上にはある。これからも地域のプラットフォームとして使われていく、それは変わらない確信めいたものはあるので、伊東さんが仕掛けていることに少し外から見守りつつ、いつもワクワクしています。

松井
 いつまでもお二人のお話きいていたいですね。 地域と呼応するSHIBAURA HOUSEのこれからが楽しみです。ありがとうございました!

 
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構成&テキスト:中田一会