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都市、アート、アジアの今。マニラのアートフェス視察報告レポート #2 Texture of Manila

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フィリピン・マニラ。
溢れ出すエネルギーと目に入ってくる情報量の多さで頭が痛くなるほどだ。

2017年10月にフィリピン・マニラで開催されたアートフェスティバル「WSK(ワサック)」その取材のためマニラに滞在したLayoutチームは、マニラの熱量に圧倒された。

マニラ視察報告の第3弾として、このレポートでは、マニラ最大の市場の一つ、ディビソリアマーケットの空間を考察する。この空間の’’テクスチャ’’や、そこに生きるアーティストの姿への考察を通じて、Fabcafe/MTRLディレクターの金岡大輝が、マニラの空間とクリエイティブの今を読み解く。

 

マニラ北西部、ディビソリアマーケット

立っているだけでTシャツに汗が滲む。
きついフィリピンの日差しが排気ガスとミックスされて、汗をかいた肌にこびりつくような感覚がする。

10月の金曜日の午後、マニラ北西部のディビソリアマーケットとその周辺のチャイナタウンを訪れた。旧市街の一つで、マニラ湾に面し、運河が流れているエリアだ。この街区はかつてはマニラのビジネスの中心であったが、今はその座をマカティに渡した。

フィリピンは複雑な植民地化の歴史を持つ。300年以上に及ぶスペインの支配を経て、その後アメリカ合衆国の植民地となり、更には日本軍の占領を経てようやく戦後に独立を果たしている。

そもそも東南アジア独特の混沌とした街区に加え、チャイナタウンのレイヤーと、東南アジア最大のカトリック教国としてのレイヤーが重なり、空間が複雑化している印象がある。例えば、看板だらけの香港然なイメージのはざまに、カトリックのイコンが見えたりする。

単位面積当たりの情報量は東京の10倍ほどのイメージだろうか。母国ではないという、普段生活している東京における潜在的な空間の認識データベースから外れているにしても情報量が多い。ディテールを見始めると歩いているだけで頭がオーバーフローしそうになる。

Leeroyとの出会い
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さて、今回この地区を訪れたのは、このローカルなエリアを拠点に活動するアーティスト、Leeroy New (リーロイ・ニュー, 以下Leeroy)に会うためだ。Leeroyは、ローカルの様々な素材を駆使しながら、アートや空間、ファッションなどの作品を生み出しているアーティストである。

Leeroyは、この街区の98Bというアートコラボラティブ施設にオフィスを構えている。98Bは、かつてマニラの中心だったこの街区を、クリエイティブの力で再度活力を与えようという意図で始まったプロジェクトの拠点だ。古いオフィスを改装し、1Fをアートショップやコーヒースタンド、最上階をクリエイティヴ系の若手企業に貸し出している。

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98Bの様子。1Fのスペースはフレームで区切られ、アーティストかそれぞれのショップを開いている。奥にはカフェがあり、98Bに拠点を構えるクリエイターがたむろしていた。

98Bの入り口をくぐると、1階の天井に、Leeroyが手がけた作品がダイナミックに展示してあった。

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彼の作品は全て、この街区で手に入る、またはよく使用されている日用品を素材として構成されている。作品一つ一つをよく見ると、ホース、キッチン用のプラスチックザル、洗濯用バスケットなどが連続的におり重なって作られていることが分かる。

「この土地特有のローカルな素材を使用することで、ローカルなカルチャーや街と自分の関係性を問いたい。西洋的な絵画などの古典的なプラットフォームから逃げたかったんだ。もちろん、ローカルなマテリアルは安くすぐ手に入るって言う理由もあったけどね(笑)」。

そんなLeeroyが、チャイナタウンとディビソリアマーケットを案内してくれた。

公共空間のグラデーション

特にチャイナタウンに言えることであるが、このエリアの建物は総じて、その間口が広い。建物正面中央には、その建物の裏に続く広い”屋外廊下”のようなスペースが貫き、そこでは所属不明な無数の人々が携帯電話で話をしていたり、新聞を読んでいたり、井戸端会議をしていたりと何をするわけでもなく、ー実際は何かしているのかもしれないがーたむろしている。

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建物の入り口周辺や歩道らしき部分には、さらに様々な人々がたむろしている。まるで、自分の家の中で過ごしているような風体だ。

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マニラの他のエリアにも言えることだが、建物と道路の間のスペースで行われるアクティビティが非常に多い。建物の内と外、プライベートとパブリックという2つの属性の間にグラデーションがあり、そこで人々は半パブリックともいうべき振る舞いをしている。

冒頭で感じた、飛び込んでくる情報量の多さはこの辺りに起因していることも多そうだ。内外の空間がパブリック/プライベートと分かれているとすると、そのあいだの空間的な比重が高く、そこでのアクティビティは非常に多い。

饅頭屋の消防団

Leeroyと歩いていると、紫色の見たこともない消防車が路上に停車していた。
「ここで商売している永美珍という饅頭屋が始めた消防団さ。もちろん行政としての消防はいるけど、頼りないからね。ボランティアの隊員で構成されていて、みんなあの饅頭屋で賄い飯をもらったりしながら活動してるよ。クールだろ。」

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行政サービスに頼るのではなく、住民からのボトムアップで、自分たちのルールを作る。自治区的な力強さを感じた。

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消防団本部。紫色は饅頭の商品パッケージの色。もちろん饅頭屋のブランド戦略も兼ねているのだが、住民からのリスペクトは厚いようだ。

都市のテクスチャ

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Leeroyとチャイナタウンを抜け、ディビソリアマーケットに入った。ここから一気に人が増える。週末は満員電車並みの人出で動けなくなることもしばしばらしい。

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左右には様々な専門店が軒を連ねる。工事用品屋、ボールペン屋、クリスマスデコレーション屋… 売ってないものはなさそうだ。

Leeroyは作品を作るときは必ずこのマーケットに来るという。『学生の時、教授によく言われたよ。創作するときはとにかくこのマーケットに来い。ここが始まりだって。 今はその意味がすごくよくわかるよ。(笑)』

Leeroyは工事用品屋でフェイスガードを購入。舞台衣装用に改造するそうだ。

Leeroyは工事用品屋でフェイスガードを購入。舞台衣装用に改造するそうだ。

「ここで生きるアーティストとして、ローカルな’’マテリアルカルチャー’’を通じて自分たちの文化と向き合いたい。その土地で手に入るマテリアルを通じて表現したいんだ。」とLeeroyは言う。

ローカルなマテリアルの集積は、その土地独特の「テクスチャー(手触り、風合い)」をつくるものなのではないか。そうだとすると、Leeroyの活動は、都市を分解し再構成し考察する行為、と言えるかもしれない。何気のない生活の中で日常と化し、気づかれないまま流れて消えていくような、ざらざらとした都市のテクスチャーとそのクリエイティブを、彼の作品は、詳らかにしてくれる。

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ローカルマテリアルとアート

後日、Leeroyのアトリエを訪ねた。
中庭のある住宅を改造したアトリエは、どこも創作物であふれている。プロダクトスケールのものから、ファッション、舞台衣装、空間、舞台セットまで様々だ。

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Leeroyは次のステップとして、作品そのものだけではなく、展示の方法や鑑賞者とのインタラクションの方法を通じて街と鑑賞者の関係性を想起させたり、気づきを与えられる試みに挑戦しているという。

「最初は作品をギャラリーで展示していたんだけど、しっくり来なくてそれはもうやめたんだ。フィリピンの人々にとって、ギャラリーに行くっていうのはまだまだ機会が少ないことだからね。何よりそんな方法だと地元の人の目には触れないから、パブリックな空間での展示を心がけてるよ。」とLeeroy。

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彼のこの姿勢を表す作品の一つに、Pasig River Floating Island Projectがある。

https://vimeo.com/133753531

舞台ステージを地元の川に浮かべながら、演劇パフォーマンスをするという作品だ。

「この作品を通じて、より能動的に街に介入して関係性を想起させる試みを始めた。普段は川として存在している空間も、この作品では演劇のステージになっている。そうやって、街の空間を使用してアートを発表してゆくことで、普段何気なく感じている街の空間と自分の関係性を考えてもらいたい」

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この街の溢れ出すエネルギーと格闘するLeeroy。ローカルマテリアルとパブリックスペースを用いて、街との関係性を問題提起し続けている。

これは、日本の都市にも応用することはできるだろう。その土地の「ローカルマテリアル」に着目し、普段生活している中で埋もれてしまっているテクスチャを拾うことは、都市や空間を再考察する一つの方法かもしれない。

 

Leeroy New
Leeroy (b. 1986, General Santos City) is an artist-designer whose practice overlaps and intersects with film, theater, product design, and fashion. Originally trained as a sculptor, he tried everything from production design for film, to working with fashion designers, to creating 3D mock ups for commercial purposes. He was able to integrate this inclination to move from one mode of creative production to another as the spine of his creative practice.

執筆:金岡大輝(Fabcafe Engineer)
編集:杉田真理子(loftwork_layout), 石川由佳子(loftwork_layout)