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都市を更新する木造賃貸アパートの改修レシピ〜モクチン企画:連勇太朗

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突然ですが、「モクチン」って知っていますか? モクチンとは「木賃」のこと。正式には「木造賃貸アパート」のことなんです。最近では、街中を歩いていても見かけることが少なくなってきた気がする、このモクチン。何を隠そう、民間の木造の賃貸住宅で1960年-2000年までに建てられ残っているものが、東京23区内に28万戸程度です。まだまだ街の風景としての役割は終わっていないんですね。そんなモクチンを重要な社会資源ととらえ、その再生のためにさまざまな実践を行っているのが「モクチン企画(http://www.mokuchin.jp/)」です。

2011年から「モクチンレシピ」という木賃アパートを改修するデザインリソースをウェブで公開。地元密着型の不動産管理会社をはじめ、住み手、家主、工務店、行政など、さまざまな立場の人たちと協働しながら、今までにない革新的な都市デザインのあり方を実践しています。今回は、モクチン企画を主催する連勇太朗さんをFabCafeの岩岡がインタビュー。旧知の仲でありつつ、お互いの領域について改めて話すことになりました。

 

モクチンレシピは、勝手に使ってもOK!?

岩岡 まずは、モクチンレシピとは?からいきましょうか。

 モクチンレシピは、ひと言でいうと木賃アパートを改修するための「デザイン」をまとめたアイディア集です。シェフが料理のスキルやノウハウを、レシピをシェアして広めるように、モクチンレシピは木賃アパートを再生するためのアイデアを“レシピ”という形でアーカイブ化し公開しています。モクチンレシピは、部分的なアイディアの集まりで、実際の改修案は、幾つかのレシピを組み合わせて作ります。たくさん使って全体を変えるのもいいし、ちょっとずつ選んで少しずつ改修してもいい。使い方は自由なんです。

一般公開ページと会員専用ページがあって、一般公開ページでは基本情報があるので改修の方向性やヒントを得るために使います。会員専用ページは、図面や仕様などの詳細情報が記載されているので、レシピを実際に実現するときに活用することができます。

 

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モクチンレシピ

 

岩岡 会員はどんな人が多いんですか?

 基本的には不動産の方が多いですね。ただ情報提供するだけでなく、空室が出たときは、僕らがレシピの組み合わせを提案したり、デザインのコンサルティングを行ったりしています。

岩岡 基本的な流れは、なかなか借り手がつかない物件があって、会員の不動産屋さんがそれを何とかしたいなと思った時に参考にして、レシピをもとに工務店とリノベーションする?

 そうです。会員にも2つあって、僕らと協働して実験的な面白い試みをしていきたい地元密着型の不動産管理会社向けの「パートナーズ会員」と、レシピ閲覧のみに特化した施工業者、オーナー、不動産関係者、住まい手向けの今準備している「一般会員」があります。パートナーズ会員とは、密にコミュニケーションを取って日々、実験的な試みに挑戦しています。実はいま、ウェブ版モクチンレシピの大リニューアル中で、2014年9月公開予定なんですけど、インターフェースをかえて新しい仕組みを足しているので相当使いやすくなると思います。

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モクチンレシピの一般画面(左)、会員画面(右)

岩岡 工務店はレシピを自由に実行しても良いわけですよね。自分でこれがいいなと思ったら提案して。

 皆さん勝手にやっていて、僕らもできたことを知らなかったりしますね(笑)いま、レシピを使った完成事例をwebに投稿してもらえる仕組みを作っています。それが実現できれば、レシピが”使われている感”がさらに出るかなと思っています。

岩岡 それがレシピサイトの難しいところですよね。レシピのビュー数は多いけれど、実際、そのレシピを使ってどれくらい作られているのか。そのフィードバックをもらうのが結構難しい。

 実際、フィードバックが大事なんですけどね。ただ、レシピ自体が使われているという“盛り上がり感”がないとダメだなって最近思っています。会員の不動産会社の方も他の会社はどうやって使っているんだろうとお互い気になっているようですし、有益な情報交換ができればいいなと思っています。基本的なアイディアはモクチン企画で提供したものでも、会員同士で現場に合わせたもっとよい使い方や改変の方法が共有できるようになればいいなと思っています。

岩岡 事例写真があれば一言で語れるものですね。例えば「001まどボックス」は特定の場所でないと実現できないように見えてしまう。事例の写真があるとレシピの派生が生まれて面白いと思うんです。

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まどボックス レシピ

 高さや幅のバリエーションがたくさんあると想像も膨らみますね。例えば、業者以外の人が見ても「寸法変えられるんだ」って分かると参考になりますよね。

岩岡 ある空間にあるレシピが使われると、その組み合わせはその空間でしか存在しないものになる。つまり、その部屋の住み手だったり、不動産屋さんだったりのオリジナルのものができる。ここがモクチンレシピの面白いところだと思います。

 

レシピ名は、“真夜中のラブレター”にならないように熟考しています

岩岡 面白いといえば「メリハリ真壁大壁」って、ネーミングが目を引きますね。

mokuchin-recipe-merihariメリハリ真壁大壁の事例:アイリッシュコート100
大壁の部屋は白を基調に一般的な賃貸の標準仕様で仕上げ、真壁の部屋は畳をはがし合板を張り、全体的に色味を整えるなど既存を活かした最小限の操作にとどめています。この物件では、「広がり建具」によって、二つの部屋の間につながりと開放感を生み出している。詳細:http://www.mokuchin.jp/works/014_irish.html レシピ:http://mokuchin-recipe.jp/archives/1553

 最近の私たちのヒット作なんですよ(笑) だいたいキッチンとか水回りって、何回かリフォームされていると大壁になっているんです。居室の方は和室の部屋のままなので、真壁と大壁にしっかり空間の質にメリハリを付けましょう!というアイディアです。改修のコストもメリハリつけましょうってことで、真壁は床変えただけなんですよ。大壁は、壁紙もキレイにして、キッチンも変えてっという感じで。なのでコストも手前がかかっていて、奥は全然かかってないですね。

岩岡 おーメリハリだ。他にも名前がキャッチィですよね。「ポツ窓ルーバー」とか好きです。

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ポツ窓ルーバー レシピ:http://mokuchin-recipe.jp/archives/910

 レシピの名前にはこだわってますね。レシピ命名会議は公開まで2回くらいやるんですよ。“真夜中のラブレター”みたいにならないように一回目の会議で盛り上がって決まったものを、冷静になって後日もう一回チェックするようにしています。レシピの名前は、アイディアの「入り口」なので、しっかりと提案の本質が伝わり且つ馴染みやすい名前をつけたいと思っています。日々、格闘しているので、文学的な才能のある人に是非仲間になってほしいです(笑)。

 

「リノベ」ではなく、「修繕」「修復」「改修」と呼んでいます

岩岡 最近、“リノベーション”がブームになっていますけど、差別化や意識しているポイントはありますか?

 僕らは、リノベーションって言葉はあまり使わないようにしています。「修繕」「修復」「改修」と言うことが多いですね。木賃アパート“だけ”を対象にしているので、ビジネス的には差別化ができていると思っています。普通の設計事務所では、木賃アパートだと単価が低くて参入できないですからね。レシピがあるからギリギリ仕事として成立できているそのモデルを発展させることがポイントだと思います。

岩岡 いわゆるリノベーションの傾向についてはどう思っていますか?

 リノベーションというスタイルができている感じがして、スタイルとして固定化されてしまうことは避けるべきだと思っています。とりあえず無垢のフローリング貼って、コンクリートを露にして、みたいな。定型化することは企業としては事業になりやすいわけですが、個人的には、リノベーションは本来サービスやパッケージとしてトップダウン的に供給されるものではないと思っています。

岩岡 供給側が押し付けるのではなくて、町の不動産屋さんとか、個人の住み手レベルからの流れが好ましいですか?

 僕らはなるべく「モクチン企画」という強いブランドを作らないようにしているんです。ビジネスとしては、「モクチン企画の部屋に住みたい」という人を意識的に増やして入居者を確保する方がやりやすいとは思っているんです。ただ、モクチン企画という組織自体がいつまで存続するか分からないものなので、せっかくあるモクチンレシピのシステムを使って街の不動産管理会社が自らの力でその街に合った住まい手を集めていくことの方が“持続性”があると思っています。

岩岡 確かに、モクチン企画は不動産屋の意識改革を実践していると思います。古くてクセがあったり、味があったりする木賃アパートでも、もっと面白く引き立てることができる。社会の中の隠れた魅力の再発見というか、光を当てるというか。不動産屋が当事者であることに気付くきっかけを与えていますよね。そういう意識の不動産屋が増えていって、ひとつひとつの点がつながって、ネットワークになって…時間はかかるだろうけど、民家を大切にするとか、自分たちの手で改修して住み着くというもともとあった文化をもう一度引き上げるということにつながっているのかなと思います。

 都市を更新する方法として、今までの20世紀の近代的な道路を整備して住むところと働くところを分けてインフラを整備してみたいな強くて固い都市計画的なものだけではなくて、都市に潜在的にある既存のネットワークを活性化することで少しずつ街の景色や性能を更新していくという方法もあるんじゃないかと思っています。個人的にはそういう方法を「ネットワーキング・アーバニズム」と呼んでいるんですけど。モクチンレシピを木賃アパートが持つネットワークのなかに拡散することで、既存のネットワークがイキイキする、そして町の魅力も上がっていく。そんな、“街に根付く持続可能なシステム”を最終的には作っていきたいですね。
 
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取材:LAYOUT編集部
構成・文:宗像誠也(ホワイトノート)

 

連勇 太朗 Yutaro Muraji
モクチン企画代表理事。1987年生まれ。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科後期博士課程在籍。2009年より「木賃アパート再生ワークショップ(現:モクチン企画)」の代表を務める。2006年より慶應大学小林博人研究会に所属 。「Archi-Commons」という建築デザインを「資源化」し、コミュニティに提供するという設計方法論を考案し、研究と活動を行なっている。

 

岩岡 孝太郎 Kotatro Iwaoka
FabCafe LLP Fab Director。千葉大学卒業後、建築設計事務所に入社し個人住宅や集合住宅の設計を担当。その後、慶應義塾大学大学院に進学しデジタルものづくりの研究制作に従事。2011年、クリエイティブな制作環境とカフェをひとつにする”FabCafe”構想を持ってロフトワークに入社。FabCafeではディレクターとしてクリエイティブなアイデアを形にするサービスや企画を担当している。その他に、東京芸術大学芸術情報センターにて非常勤講師を担当。
http://fabcafe.com

 

ライター/宗像 誠也 Seiya Munakata