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東京にも奥行きを作って行きたい〜宮崎晃吉『アーキテクトを探せ!』イベントレポート

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ゲストとの刺激的なトークセッションを通じて、これからのアーキテクト像を描いてみようという新たな試み「アーキテクトを探せ!」。2015年6月4日に開かれた第3回の模様をお届けします。

今回のゲストは東京・谷中の木造アパートを改修した最小文化複合施設「HAGISO」を拠点に、建築・会場構成・プロダクトのデザインを手がける、一級建築士の宮崎晃吉さんです。一般的な建築家の職域を超え、築60年の木造アパートを生まれ変わらせた宮崎さんの仕事観とは?

モクチン企画の連勇太朗さんとFabCafeの岩岡幸太郎をキュレーターに迎えて、宮崎さんのお仕事や考え方を伺いながら、これからのアーキテクト像に迫ります。

 

自己満で責任を取らない建築家って思われるのは悔い
本当に主体的に作っているのかなと疑問を持つ

まずは宮崎さんのお仕事について、お話がありました。

宮崎さんは東京藝術大学大学院 美術研究家建築設計 六角研究室を修了後、(株)磯崎新アトリエに勤務。現在は、東京藝術大学大学建築家の非常勤講師をされながら、ギャラリー/カフェ/ワークショップスペース/ヘアサロン/アトリエ/デザイン事務所などを擁するオルタナティブスペース「HAGISO」を運営されています。

「HAGISO」は、もともと宗林寺の境内に隣接して建っている1955年竣工の木造アパート「萩荘」でした。大家さんは宗林寺の住職さん。2000年から空き家になっていたところ、2004年から東京藝術大学の学生5〜6人が住むシェアハウスになりました。

建築家として王道のキャリアアップは、「アトリエ建築家のもとで修行する_親戚か友達の自邸を設計して作家性の強い作品を作る_作家生の強い作品を建築雑誌に載せてもらう_名前が売れたことによって、それを見た読者の人が依頼してくれる_それを繰り返して、最終的には大学の教授になるか公共施設を設計する」という流れ。萩荘に住んでいた宮崎さんも、当時はそんな人生を自分も歩むのだと思っていたのだそうです。

宮崎さんが師事した磯崎新さんは、世界的に活躍する建築家の巨匠。宮崎さんもアトリエで働いている間は、ヨーロッパの国際コンペの出展作品や中国の30,000平米の劇場を設計するなど、大規模な建築に携わってきたのだそうです。

しかし、上海で100年前の建物をリノベーションしてうまく使っているスラム街の建物を見て、衝撃を受けた宮崎さん。「僕が一番驚いたのは、防空壕をクラブにしている『The Shelter』っていうところ。上海やべーな、東京よりおもしろいんじゃないかという気がして。日本で公共施設を作っても、誰も使ってないのにランニングコストが年に何億円もかかるお荷物になっちゃてるじゃないですか。僕が作っているのも、時間が経つとお荷物になっちゃうんだろうなと思って、自分のなかで意義を見いだせなくなってしまいました」。

矛盾を感じて3年でアトリエを退職したものの、親戚にも友達にも自邸を作りたいという人がおらず、宮崎さんは1年間仕事がない状態に陥ります。「『建築家さんは、人の金を使って建てるんだから、いいですよね』ってよく言われました。『そうですよね』って笑うしかなかったんだけど、笑い事じゃないなと思って。建築家は自己満で責任を取らないモって思われてるのって、悔しくないですか。建築家って、本当に主体的に作っているのかなモと疑問に思い始めたのが、ちょうどこの頃でした」(宮崎さん)

設計の枠にとらわれる必要はない。かっこ悪い建築家にはなりたくない

そんなときに起きたのが、東日本大震災です。萩荘自体に損傷はなかったものの、次に東京に地震が起こった時のことを考えると、もう人には貸しておけないモという大家さんの意向で、萩荘は解体されることになりました。

折しも、仕事をやめたタイミングと重なり、何か主体的にやりたいと考えていた宮崎さんは、萩荘のお葬式をして、死化粧を施してやろうモと考えました。萩荘にゆかりのある20人近くのアーティストや建築家が、建物全体を作品にして一般公開された『ハギエンナーレ2012』です。3週間で1500人もの人が萩荘を訪れ、最終日のパーティーには大家さんも参加して、萩荘の愛される姿を喜んでくれたのだそう。

宮崎晃吉さん

「大家さんの『もったいないかな?』と言った言葉を耳にしたので、三本立ての事業計画を作ってみたんです。『壊して新築のワンルームマンションを建てる』か『駐車場にする』か「リノベーションする」か。僕は処女作を作りたかったので、模型を作って設計だけやりたいと思っていたんです。でも、大家さんと話しているうちに、設計だけやって、誰かに押し付けても、面白い場所にならないなモと思ったんですよね。萩荘のポテンシャルを活かせるのは自分しかいないと思い、僕もリスクを取ろうと決めて、初期投資額の1/3を出すことにしました。大家さんは家賃を倍にして、5年で回収できる計画です。僕があまりにも熱心にプレゼンするもんだから、大家さんもリノベーション案にのってくれました」と、宮崎さんは当時を振り返ります。

工事費を下げるために、宮崎さんたちも大工さんと一緒に、解体をしたり塗装をしたり。こうして生まれ変わったのが、今の「HAGISO」です。HAGISOのコンセプトは、世界最小複合施設。巨大な複合施設は世界中どこにでもあるけれど、私営の公共施設を作りたいと、宮崎さんは考えました。

HAGIO外観
改装前の萩荘は、4畳半の部屋と1畳半の押入れ・流し・玄関の計6畳のユニットが、中廊下に面して7部屋ずつある、2階建ての建物でした。一方、新生HAGISOは、半分を吹き抜けにして、1階には24席のカフェ・ギャラリー・レンタルルーム・イベントスペースがあり、2階には美容院・アトリエ・宮崎さんの事務所があります。ギャラリーに出展するアーティストからはお金は取らず、その分カフェで稼ごうという算段。レンタルルームは大家さんのもので、管理を宮崎さんが請け追って手数料をもらいます。これは、HAGISOの運営に自分も関わりたいという大家さんたっての希望です。さらに公共的な要素として、イベントスペースでは日によってコンサートが行われたり、臨時の図書館になったり、NPOや町内会の人たちが集まる公民館にもなります。

HAGISO内部HAGISO内部
こうしてHAGISOの深堀を続ける宮崎さんが、次に企むのはホテルの運営です。HAGISOの近くにある空き家をホテルに改装し、モーニングはHAGISOのカフェで食べてもらう。お風呂は近所の銭湯に行ってもらい、お土産は商店街で買ってもらいます。自転車屋さんでレンタサイクルをしてもらってもいいし、近所にある教室で尺八を吹く文化体験をしてもらうのもいいなと思っているのだそう。こうして谷中の街をひとつのホテルにしてしまおうというのが、宮崎さんの目標です。

「僕がかっこ悪い建築家だと思うのは、プロジェクトは誰かに任せて、表面的なデザインだけをやっている人。結果的に面白い場所ができればいいんだから、設計の枠にとらわれる必要はないと思っていて。手段はなんでもいいんですよ。ノと言いつつ、勉強のためにクライアントワークもやっているんですけど、残りの半分は自分からアクションを起こす仕事モをやっていたいと思っています。

もうひとつが、W(WIDE:幅)_H(HIGHT:高さ)_D(DEPTH:奥行き)の話。今までの建築は、広く高くを競い合ってきていたけど、奥行きが一番大事なんじゃないかなと、最近思ってきていて。奥行きを作るには、ひたすら掘るしかない。掘っていると、そのトンネルが別のトンネルにつながるかもしれなくて、それが年月とともに奥行きをもたらしてくれる気がしています。東京にも奥行きを作って行きたい」(宮崎さん)

建築を成立させるために全部やる。矮小化してデザインだけやること違和感がある

宮崎さんのお話を受け、キュレーターの2人から質問が投げかけられました。

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岩岡 僕もFabCafeをやっていますけど、場の運営、しかもカフェの運営って、すごく大変だなと思っていて。これを365日繰り返すのって、エネルギーを使うと思うんですけど、宮崎さんはHAGISOの運営にはどんな関わり方をされているんですか?

宮崎 僕は全体の経営をやっているのと、カフェは店長さんを雇って、毎週会議で話し合いながらやっています。カフェは本当に大変で、いろんな試行錯誤をしながら、3年目になって、やっと安定してきました。

 主体的な建築モというお話がありましたけど、宮崎さんにとっての建築とは何を指しているのですか?

宮崎 僕の中では、ある場所を成立させるために必要なもの全部ですね。設計はもちろんやるんですけど、それだけじゃありません。例えば今度やろうとしているホテルの場合だと、ホテルにしたい空き家は見つけていたので、法務局で登記簿を調べて、持ち主の住所を調べて、手書きの手紙を送りました。そこからオーナーと話し合いをして、「初期投資の大部分は僕が持つから、家賃を安くしてください」っていう話をして。そういうことも含めて、建築だと思っています。建築を成立させるために必要なことは、全部やる。それを矮小化して、デザインだけ請け負うっていうのが主流になっている今の建築に違和感があります。

 建築家は社会のためにいろいろ考えているのに、結局、請け負いのビジネスモデルだから、クライアントから仕事を依頼されない限りは物を作れないし、クライアントによってはいろんな制限があって、考えていることの5%くらいしか実現できないってこともありますよね。

アーキテクトとは人を動かして、場所を見つけて、器を用意して、コンテンツを突っ込んでいくような人

ここからは、恒例の「アーキテクトを探せ!」ボードを使った質疑応答です。宮崎さんが選んだ番号の裏に書かれた質問に、答えてもらいます。
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Q.職業病だと思う瞬間は?

宮崎 デフォルトで公共に資するモとか言っちゃうところですね。それって、ちょっと異常だと思うんです。職業病というか、教育に洗脳されているというか。建築家って、大学で学ぶときに必ず公共に資するモことを求められる。実際にそうしないと、達成感を感じられなくなっちゃってるところが、職業病だなと思いますね。

 磯崎さんのところでやっていた何万平米の建物は公共建築だったんですよね?あぁいう大きなものをやっているのと、今のHAGISOをやっている感じでは、どういう違いがあるんですか?

宮崎 逆に共通しているところは、文化を作りたいモっていうことだと思うんですけど。いいことしているという感じよりは、強迫観念的なものだと思います。

 宮崎さんにとってのアーキテクトは何をする人ですか?

宮崎 やっぱり、主体的に建築を作る人。それは建築家に限らず、『アーツ千代田3331』の中村政人さんのように、人を動かして、場所を見つけて、器を用意して、コンテンツを突っ込んでいくモような人だと思っています。

 枠組みそのものから作っちゃう人がアーキテクトってことですよね。逆に、最終的なアウトプットが建物じゃなくても、建築的なことをやっていると。でもHAGISOの運営って、すごい大変じゃないですか。奥行きを求めると、時間と労力に加えて、宮崎っていう人間の身体を投入する必要があって。そうすると、あの場所を拠点にフレームワークを作って、「他の場所でフランチャイズ的に広めていく」のか、「今のHAGISOを成長させる」のか、2つの方向性があると思うんですけど、今はどちらに興味がありますか?

宮崎 今のところは、HAGISOを深掘りしてエリアの価値を作っていくことですね。建築として数はこなせないけど、次から次へと作っているのではできない価値を生み出していけるのかなと。
Q.仕事における自分のルールはありますか?

 結構、自分で動いて工事費を削ったりされているようですが、お金にはやっぱりこだわっているんですか?

宮崎 そうですね、お金の制約があるなかでやるのがゲームの面白さだったりするので。工夫次第で、成果物が変わってくるじゃないですか。でも、それがルールかと言われると、どうなんでしょうね?

岩岡 私生活と仕事はきっちり分けているんですか?

宮崎 全然、分けてないです。ハギエンナーレもそうですけど、すごくちっちゃくてもとりあえずやっちゃうっていうのは、あるかもしれないですね。それくらいしか取り柄がないと思っているので、可能性があることは全部やります。

 

お金のリスクは、建築というゲームを面白くするルール

次は会場からの質問に、宮崎さんが答えます。

会場からの質問

参加者 谷中の地元民に対しては、どのようにお考えですか?

宮崎 僕も住民なので、一番大事にしたいと思っています。今のHAGISOは、近所のおばあちゃんもケーキを食べに来てくれるようになっています。銀座のギャラリーで出会う人はコアなファンだけど、HAGISOのギャラリーに訪れるのは、ふらっと立ち寄った近所のおばあちゃん。「アートなんて全然わかんない」とか言いながらアーティストと会話する光景もあって、そういう文化を日常に落とし込んでいきたい。近所のおばあちゃんのデフォルトにしたい。変な人がいても、「あぁ、またやってるわ」みたいな。当たり前の日常で良いものと出会えたら、文化レベルが上がって豊かな人生になると思っていて。そういうつもりで、やっています。

参加者 建築って、ヒットするかどうかはわからないけど、一気に作り上げちゃうモっていうリスキーな部分があると思うのですが、そのあたりはどうお考えですか?

宮崎 確かにね。一度作ったら、後戻りできないし。今までのやり方は、特にリスキー過ぎるやり方だったと思います。でも、僕はそのリスクを減らすために、クラウドファンディングを使ってお金を集めるとか、ティザーサイトを作って周知するとか、施工料をなるべく減らすとかいった工夫をしながらやっています。リスクが大きいことは悪いことではないと思うけど、それをデザインの対象とするのは、おもしろいと思っていますね。

最後に、宮崎さんのアーキテクト認定式が行われました。

認定式

「宮崎さんをアーキテクトに認定して良いと思われる方、拍手をお願いします!」という連さんの声に対し、会場は大きな拍手で包まれ、宮崎さんにトロフィーとオリジナルTシャツが授与されました。

次回はどんなゲストが訪れるのでしょうか?第4回「アーキテクトを探せ!」の開催を、どうぞお楽しみに!

連コメント宮崎さんのその穏やかな語り口とは違い、発しているメッセージは今の建築、不動産、そして社会の問題の本質にズバッと切り込む情熱的なものでした。宮崎さんのように、主体的に建築を実践するひとが増えればまちの風景は「奥行き」のあるものとして魅力的になっていくのではないでしょうか。もっと言えば、それは従来の「建築家」という設計業務を請け負う主体ではなく、日常生活と地続きに連続したまちのプレーヤーなら誰もが実践できる立場なのかもしれません。10年後、20年後、谷中のまちを訪れ、宮崎さんがこの記事で語っていたことの意味が体感できる日がくるのが楽しみです。

構成:LAYOUT 編集部
テキスト:野本 纏花(@nomado617)