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第1回「場をデザインするための視点」-安斎勇樹:学びの場のメカニズムを探る-

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こんにちは、安斎勇樹です。私は現在、東京大学大学院情報学環の特任助教として、ワークショップと呼ばれる手法を中心に、「学びの場のデザイン」について研究しています。ここでいう「学び」とは、学校のテストのために知識を溜め込むような、従来型の学びではありません。他者とのコミュニケーションを通して新たな価値を発見するような、創造的な学びを指しています。

筆者が開催したワークショップ筆者が実施したワークショップの様子

ふと街に目を向けてみると、コワーキングスペース、カフェ、ワークショップ、社外勉強会、ラーニングコモンズなど、魅力的な「学びの場」が注目を集め、領域を超えて拡がりをみせています。これらの場は、仮に「学ぶための場」として銘打たれていなかったとしても、新たな価値を創りだすためのエンジンとして、学びを駆動するメカニズムが埋め込まれています。本連載では、『学びの場のメカニズムを探る』と題して、創造的な学びの場をデザインするための仕掛けについて、月に1度のペースで紹介していきます。

創造的な学びの場を意図的にデザインするのは、容易なことではありません。文房具の選定から、家具の配置、プログラムの設計、コミュニティ作りまで、デザインすべき対象は多層的かつ多岐にわたります。今回は、私が好きな場のひとつである、東京・渋谷のコワーキングスペース「co-ba shibuya」を題材に、場のデザインの奥深さについて、少しだけ覗いてみましょう。

 

レイアウトとコミュニケーション

co-ba shibuyaに足を踏み入れると、「シェア」の象徴として設置された「ひと続きの大きなデスク」が目に飛び込み、圧倒されます。ところがこれは見栄えのインパクトだけでなく、機能面からみても非常に効果的なデザインなのです。

精神科医のハンフリー・オズモンドによれば、家具のレイアウトには人間同士の交流を活発にする求心的な「ソシオペタル」配置と、人間同士の交流を妨げる遠心的な「ソシオフーガル」配置が存在すると言います。互いが隣斜めの関係で向き合えるソシオペタル配置ではコミュニケーションが生まれやすく、互いがやや背を向けて座るソシオフーガル配置では、個々のプライバシーが優先されます。

ソシオフーガルとソシオペダルソシオペタルとソシオフーガル

co-ba shibuyaのデスクをみてみると、コミュニケーションが取りやすいソシオペタル配置と、個人作業に集中できるソシオフーガル配置が、ひと続きの机に入り交じっていることがわかるでしょう。個人の作業場としての機能を保ちながらも、利用者同士の会話や相談が生まれやすい空間がデザインされているのです。

 

ゆるやかなコミュニティをつくる

物理空間を入念に設計しても、うまく運用できなければ空間はただの「ハコ」でしかありません。co-ba shibuyaでは、ウェブサイト上で利用者の活動内容を紹介したり、定期的にイベントや懇親会を開催することで、つながりをつくる数々の工夫がなされています。壁面には利用者が自由に書き込める黒板や、利用者一人ごとに割り当てられた「本棚」が設置され、利用者同士が互いについて知り合い、話しかけるためのきっかけが支援されています。

 

壁面に設置された本棚(左)と黒板(右)壁面に設置された本棚(左)と黒板(右)

こうしたちょっとしたきっかけを通して、新たなプロジェクトが立ち上がったり、恊働関係が生まれたりするのがコワーキングスペースの魅力です。利用者同士をゆるやかなコミュニティとしてつなぎあわせ、新たな活動が創発する土壌をつくることで、「空間」は「場」として機能するのです。

 

場に神を宿すのは、誰か?

建築の世界では、「God is in the detail(神は細部に宿る)」と言われています。装飾や接合部など細部へのこだわりが、建築全体の完成度を決めるという意味です。ところが、co-ba shibuyaでは、あえて細部に「未完成さ」が残されているところに、その特徴があるようにみえます。例えば、机は完成された家具ではなく、「脚に天板を乗せただけ」の、一見したら乱暴な造りになっています。しかしだからこそ、イベントやパーティの際には、活動にあわせて、利用者が柔軟に家具を取り外して移動し、場をリデザインすることができるようになっています。
図4用途に応じた家具の利活用

デザイナーが完成された場を作りこむのではなく、あえて「余白」を残すことで、利用者が場のデザインに参加できる可能性が開かれているのです。

 

創造的な学びの場のデザインに向けて

これまでみてきただけでも、「場」に影響を与える要素は多様であり、奥が深い営みであることがよくわかりました。創造的な学びの場のデザインを実践するには、まずはどこから手をつければよいのでしょうか。

ここで、筆者が大学院時代に専攻していた「学習環境デザイン論」の枠組みがヒントになります。学習環境デザイン論では、学びの場(学習環境)を、「活動・空間・共同体・人工物」の4つの要素に切り分けて考えます。

まず、場の利用者が主体的に学んでいる理想的な様子(活動)を思い描いてみましょう。次に、活動を促進する家具のレイアウト(空間)や、学習者同士の関係性のあり方(共同体)を構想します。最後に、それらを支える道具や素材(人工物)を整えることも重要です。
このように、各要素を個別に検討すれば、まるで「複雑な生き物」のようにみえた学びの場も、「統制可能な外部環境」として捉えることができるようになります。

学びの場のデザインは、建築家だけの特権ではありません。最近では「ワークショップ」を自らデザインしながら、場作りの技能を磨く大学生も増え始めています。コラボレーションによる課題解決が重視される現代において、人と人がつながり学びあう場をデザインする力は、今後あらゆる領域で鍵となる技能になるでしょう。

 

安斎勇樹
安斎勇樹
(Yuki Anzai)
1985年東京都生まれ。東京大学大学院情報学環特任助教。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程満期退学。商品開発、人材育成、組織開発などの産学連携プロジェクトに取り組みながら、創発的なコラボレーションを促進するワークショップの実践と評価の方法について研究している。主な著書に『協創の場のデザイン―ワークショップで企業と地域が変わる』(藝術学舎)、『ワークショップデザイン論ー創ることで学ぶ』(共著・慶應義塾大学出版会)がある。
http://yukianzai.com/