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アーバニストを訪ねて。 #2:「まち」を巡る演劇作品を作る劇作家、 石神夏希さん

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“アーバニスト”という言葉が、まちづくりの現場において注目を集めつつあります。アーバニストを規定するアーバニズムという単語は、日本では都市計画やそれに紐付いた工学技術によせて訳されることが多く、アーバニスト=プランナーだと捉えるケースも少なくありません。しかし実際は、アーバニストの領域はもっと広いのです。都市計画家に限らず、都市に関わる専門家全般、ひいては、都市の生活者たる市民そのものがアーバニストであると言うことができます。

本インタビューシリーズは、都市をより良いものにするため、分野横断的に活動する人々、オルタナティブな居場所や共同体、価値観を取り戻そうとする人々を取り上げ、アーバニストの可能性を探る試みです。

インタビューの聞き手は、トークシリーズ「解体新所 」のホストである空間系プロデューサー:松井と共に面白い空間づくりに奔走する、ロフトワーク プロデューサー杉田真理子。解体新所が魅力的で新しい《場》に注目し、それを分解する試みならば、このインタビューシリーズでは、その《場》づくりに関わる《人》にフォーカスをします。

 

演劇を通して「まち」を生きる実践者

第二回のゲストは、劇作家であり、現在ロフトワークの一員でもある石神夏希さん。劇団「ペピン結構設計」での活動を中心に、NPO法人「場所と物語」の代表として、演劇・まち・場所・建築、などの幅広い分野で様々な活動を行っています。

杉田 学生時代に戯曲『東京の米』で第2回かながわ戯曲賞最優秀賞を受賞。同作品で東京国際芸術祭リージョナルシアターシリーズに出場するなど、素晴らしい演劇キャリアを持っていますね。簡単にご自身の経歴やバックグラウンドをお話いただけますか。

石神 私はもともと、11歳の頃から演劇をしていました。小学生の時は空き教室で劇団を作ったり、その後も中学・高校と演劇部でした。高校卒業と同時に、今やっている「ペピン結構設計」を仲間と立ち上げたんです。 ペピン結構設計は劇場で作品を上演していましたが、ここ5年ほどは屋内で公演することはあまりなく、テナントビル、住宅、商店街などを舞台に上演を行っています。参加者一人ひとりが自分の足で歩いてまちを巡りながら体験する、参加型の演劇作品を中心に発表しています。役者自身も、そのまちの住民であることが多いです。

すべては『北仲WHITE』から始まった

杉田 最初から“街”を舞台に作品を作っていたのですか?

石神 「まちに出る」ことを始めたのは2011年〜2012年からですね。その時「場所の力」を感じるきっかけとなったエピソードがありました。 15年ほど前から私たちは横浜を拠点に活動してきましたが、当時から、横浜市では先駆的に「創造都市」(クリエイティブシティ事業)の取り組みが行われていました。ちょうどリーディングプロジェクトとしてBankART1929などが立ち上がった頃です。

そんな折り、港湾エリアにあった古いテナントビルで「北仲WHITE」プロジェクトが始まりました。再開発に向けて取り壊されるまでの約1年半の間、様々なアーティストたちが入居し活動するクリエイティブ拠点として活用するという取り組みです。街づくりの一環として、BankART1929が、森ビルと組んで行ったのですが、このビルに、私たちの劇団も入居することになりました。2005年のことです。

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入居していた北仲WHITEの部屋を、最終的に劇場にした時の様子。画像提供:ペピン結構設計

入居後はここで稽古やミーティング、時にはサロン的な集まりを開催しながら、建築を学んでいた友人に協力してもらって、何もない古いテナントの部屋にも徐々に手を加えていきました。なので、稽古を通して作品が徐々に出来上がっていくのと同時に、空間も少しずつアップデートされていくような感じでした。最後は劇場のような空間にして、本番も上演したんですよ。

杉田 創作から本番も、全て同じ場所で行うというのは、素敵ですね。

石神 そうですね。当時は「場所を持つ」ことに何か意味があるはずだと直感的に感じていたものの、まだ実感できていませんでした。わからないからこそ、実験として場所を持ってみた感じです。そのあと、北仲WHITEは予定通り取り壊されてしまいましたが、その時に生まれたご縁が、現在の活動に大きな影響を及ぼしています。

 

場所と物語:「まち」へのターニングポイント

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『パラダイス仏生山』photo by Kota Sugawara

杉田 なるほど。活動の根本として演劇をやりながら、北仲WHITEなどの経験を通して、徐々に「まち」や場所の持つ力に惹かれていったのですね。都市や街への関心が仕事になり始めたきっかけとは、なんだったのでしょう?

石神 大学院卒業後にリクルートメディアコミュニケーションズという会社に入って、2年半だけですが制作ディレクターとして月刊誌の広告を作る仕事をしていました。退社後はまた2年半くらい演劇だけやっていたんですが、会社員時代に知り合ったマーケット・リサーチャーの島原 万丈さん(現・HOME’S総研所長)が、当時新設されたばかりのリクルート住宅総研(現・リクルート住まい研究所)の所長に就任されて、総研が発行する報告書の執筆にライターとして関わることになったんです。

当時、私は住宅についてまったく知識がなかったのですが、「家賃って何なんだっけ」という素朴な疑問と、修士時代に研究していたソーシャル・キャピタルをつなげた「愛ある家賃」という記事を書いたんです。そのテーマが報告書全体の『愛ある賃貸住宅を求めて』というテーマにも発展しました。そして記事を読んだリノベーション界隈の方たちが興味を持ってくれて、建築や不動産業界の方たちからプロジェクトに誘っていただくことが増えてきました。

そして震災後、仮設住宅のリノベーションをテーマにした建築家の集まりで、らいおん建築事務所の嶋田洋平さんと偶然、隣の席になりました。北仲WHITEの中心的存在だった建築事務所「みかんぐみ」のチーフだったのが、嶋田さんです。北仲WHITEでの思い出話をきっかけに、嶋田さんに誘われる形で北九州・小倉の魚町商店街で滞在制作した移動型の演劇公演が、初めてまちを舞台につくった作品でした。 その商店街では足かけ3年間アートプロジェクトを行っていて、リノベーションスクール@北九州のユニットマスターを担当していました。その流れで嶋田さんの初めての単著も執筆させてもらいました。

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photo by ccdn_morimoto

 

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photo by Daisuke Urano

場所の持つ力って、目には見えなくても、時間が経つに連れて実感することが多くて。「北仲WHITE」の建物はなくなってしまったけれど、「ああいう場所を自分たちでも作りたいね」という嶋田さんとの会話から生まれたのが、「The CAVE」です。

The CAVE は築90年程の建物の地下にあって、何年も空き家のままだった空間をリノベーションしたアートスペースです。アーティストの活動にせよまちづくりにせよ、持続的に発展していくためには民間の力で維持される自立した仕組みが必要です。The CAVEはとても小さな拠点ですし条件付きではありますが、アーティストに無償で空間を提供するというコンセプトで運営しています。

杉田 気になっていた場所の一つですよ。どんな役割で関わっていますか?

石神 私と嶋田さんを含む4人で会社を立ち上げたのですが、私が担当しているのは主にコンセプトや世界観の言語化と、プログラムディレクションです。国内外のアーティストからの問合せ対応や、利用に際してのやり取りも担当しています。私の職能は劇作家ですが、同時に「場所と物語」という肩書で仕事をしています。演劇を軸足に建築や不動産、都市といったフィールドにも関わるようになり、領域横断的な自分の仕事を言語化するためにつくり出した言葉です。ある空間に潜在する世界観やコンセプトのようなものを言葉にすることで「場所」が立ち上がってくる様子は、演劇にとても似ています。

杉田 面白いですね。それって「場所の」セリフのようなものですか。

石神 たしかに、そうかもしれません。劇作家として物語を通じて場所を立ち上げること/場所から物語を引き出すことが、こうした空間に関わるプロジェクトで私にできることだと思います。

 

今、自分がいる場所との関係性

杉田 いわゆる建物としての劇場で行う演劇ではなく、都市空間そのものを劇場にしながら街に向き合う上で、劇作家としての変化はありましたか?

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石神 物語の中にコントロールできない、予測不可能な部分を組み込むようになりました。まちに出るとそうせざるを得ないのもありますし、それが一番面白いんですよね。 あと、昔はセリフを一言一句すごく大事にしていて「アドリブなんてありえない」という感じだったんですが…まちを舞台するようになってからは、セリフをほとんど書いていません。街の人が出演することが多いので、セリフを渡してしまうと、訓練された役者ではない一般の方は演技を意識しすぎて緊張することが多い。あれこれ考えたり構えたりせず、気がつくと演劇に「なっている」くらいのバランスを目指しています。あと彼らが一度語ったことをセリフとして定着させると語りが死んでしまうので。むしろ目の前の聞き手によって言い方が変わったり、語るたびに内容が少しずつ揺らいでしまうことを含めて、「物語」が立ち上がる瞬間を見せたい。

杉田 参加する街の人には、その後どのような変化があるのでしょう?

石神 私にとってそれが目的なわけではないのですが、いつもはつながらない人同士がつながるので、いろいろな化学反応が生まれます。公演が終わり、私たちアーティストがいなくなった後で勝手にいろんなことが起こるのが面白い。出演者同士でプロジェクトを始めたり、畑の貸借りをする関係が生まれたり、舞台になった場所が気に入って引越してきたり。出演者やスタッフとして作品に関わったまちの人たちが、演劇を通して「自分のいる場所に関わり直す」ようなきっかけにもなっているのかな、と感じます。

杉田 第一回目のインタビューで、「Citizen Urbanists(市民アーバニスト)」という言葉が出てきました。都市空間そのものを舞台に演劇活動を行う石神さんは、私にとってこの「市民アーバニスト」の第一人者です。

石神 citizen urbanists(市民アーバニスト)」という考え方にはとても共感します。普段は自分のいる場所を特に意識していなかったような人であっても、演劇をきっかけにまちと違う関わり方を発見するような面があるんじゃないでしょうか。

杉田 面白いですね。

石神 まちと付き合うことは、人と付き合うことと似ています。まちにも「人となり」のような性質や顔つき・体つきがあると思うんです。匂いも手触りもあれば、味もある。まちに住み、生活をする人々の「感受性」や「感応性」が変われば、まちとの関わりも変化していくと思います。
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杉田 1年ほど前、「Sensuous city:官能都市」という冊子を読む機会がありました。石神さんも企画チームの一人だということは実は最近知ったのですが、この冊子でも、都市で日常を過ごす人々がどのように自分のまちを感じ、愛着をもち、ザラザラとしたパーソナルな関係性を育むか、それをどう捉えるのか、について書かれています。

石神 私自身が、自分がいる場所をもっと感じながら生きていたいんです。日本語だと性的な印象が強い「官能」という言葉ですが、センシュアスというのは「五感で感じる」というニュアンスなんですね。経済合理性が優先されがちな都市開発の流れの中で、このような身体性を思い出すのは大切なことだと思います。

杉田 そうですね。身体性というキーワードが出ましたが、自分の「感情」とか「愛着」みたいなものが、都市開発のロジックに埋もれずに、もっとまちに反映されたらいいのになと思います。

石神 都市計画に関わる行政やディベロッパーの人たちも、個人的には「この裏路地が好きなんだ」と思っていても、開発のロジックに対抗する言葉を持たないから、沈黙せざるを得ない。その言葉や価値指標をつくろう、というのが『官能都市』のコンセプトでした。

杉田 そんな中、石神さんがされているような演劇ができることってなんなのでしょう?今後の展望も含めて教えて頂ければと思います。

石神 一人ひとりが自分のいる場所に対して、「こういうところが好きだ」とか「こうすれば居心地がいい」とか、自分とまちとの関わり方や感じ方を再発見することですかね。生まれた場所は選べなくても、自分と場所との結びつきや距離感を発見し直すことで、今いる場所で生きやすくなったり、好きな場所に行きやすくなったりするんじゃないかと。そういう人が増えると、結果的にまちも楽しくなるんじゃないでしょうか。

杉田 今までと違ったまちとの関係づくりは、ボトムアップのまちづくりが必須である現代だからこそ、必要なことですよね。それを促すための仕組み作りは、様々なアプローチから行われるべきだと思います。石神さんにとってそれは演劇だし、他の人にとっては例えばメディアや食べ物かもしれない。自分らしいアプローチを通してまちに関わっていくアーバニストが、もっと増えれば良いのになと石神さんの話を聞いていて思いました。ありがとうございました!

インタビュー/翻訳/テキスト:杉田真理子(ロフトワーク)

 

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image08石神夏希

1980年生まれ。1999年より演劇集団「ペピン結構設計」を中心に劇作家として活動。2002年『東京の米』にて第2回かながわ戯曲賞最優秀賞受賞。2004年、同作品にて東京国際芸術祭リージョナルシアターシリーズ出場。2005年 World Interplay2005(オーストラリア)参加。2005〜2006年にかけて横浜のクリエイター拠点「北仲WHITE」に入居し、古ビルの空きテナントを約1年半かけてアトリエ、劇場へと改修しながら制作した作品『蜜の味』を上演。近年はテナントビル、住宅、商店街などでのサイト・スペシフィックな演劇上演、地域に根ざしたアートプロジェクトの企画・滞在制作や、建築やまちでの暮らしに関するリサーチ・執筆・企画など、「場所」と「物語」を行き来しながら活動している。

ペピン結構設計 : http://pepin.jp/