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地域資源としての保育の場《まちの保育園・こども園》を科学する -解体新所#04レポート- 【後編】

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前編から続き

「子どもとその親が通うだけの児童施設」と思われがちな保育園。でも松本さんが掲げる「まちぐるみの保育」においては、保育園は地域の資源であり、まちづくりの拠点であり、社会をつくる場所だと言います。イベント後半からは、解体新所の”代表研究員”松井創がモデレーションする対談と質疑応答の時間へ。松本さんのプレゼンテーションを受けて、「まちの保育園・こども園」という新しい場の考察を試みます。

環境は第三の教師。環境が子どもに与える力

松井 松本さんのお話は、保育園以外の領域にも通じるなと思って伺いました。

僕らロフトワークは、主にビジネスやデザインの領域で活動していますが、最近、「観察から本質的な価値を見つける力が必要だ」とか「問いを立てる力が必要だ」といったことが言われるようになってきました。さっきおっしゃっていたアクティブ・ラーニングと同様、知識を知恵に転化する力だとか、あらゆる矛盾を巻き込んで解決する力と創造力です。0歳~6歳児からものすごく必要なのかもしれないなと感じました。ビジネスマン以前に、子どもにまず必要な力だと。どうでしょう?

松本 そうなんです。しかも子どもの場合は、生まれながらに学ぶ力を持っており、保育者の関わりや、環境によって、自然と学ぶ力が育まれて、創造力が広がっていくのが面白いんですよ。

手前味噌ですけれど、最近出した本の中(※『まちの保育園を知っていますか』小学館 、 2017年)でも触れているんですが、ある子が公園で拾って来た石とか葉っぱとか枝とかで美術館を作りたいと言い出して。その美術館への招待状を僕に渡してくれたんですが、その文章がすごく面白い。「石はどんなに小さくても沈みます。葉っぱはどんなに大きくても浮かびます。それは石は地面に置いてあって下にあるから沈んで、葉っぱは地面から浮かんでて浮いているように見えるので、水に浮かびます。」と書いてあった。そして彼女の「美術館」では、水に浮かべて葉っぱが展示されています。これって、彼女なりに考えて、仮説を立てているわけですね。そして重力や浮力の関係に気づいている! すごいことです。そんな彼女の発見を周囲の大人が喜ぶことで、子どものそういう力がどんどん現れて、面白いことが巻き起こっていくんです。子どもって自分なりに仮説を立て、考えを深め、アイディアを交換する力を元来持っているんです。

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子どもにこそ、本物に触れられる機会を

松井 まさに「ティーチング」よりも「ラーニング」ですね。コミュニティコーディネーターが地域と園を繋ぎ、人を巻き込む教育環境づくりをされているところもユニークです。

ところで、今日お昼に、「まちの保育園 小竹向原」併設のカフェ「まちのパーラー」に行ってみたんですが、めちゃくちゃ美味しかったです。これってすごい大事で、単に保育園にカフェをつけましたって感じで、味はまぁそこそこみたいのだったら違いますよね。徹底的に美味しい。

松本 そうなんです。本物であるべきだとは思っていて。子どもにこそ、本物に触れられる機会を作りたいですよね。いい事業パートナーと出会えたのはありますけど、本当に地域の拠点となって地域から愛される場にするなら、そこの「食」についても本物にしたい。その点は結構こだわりました。どんな理由でもいいから訪れる人がいて、そこで子どもに関わりたいと思ったらノックできる、そんな仕組みを考えています。

松井 本物といえば、建築や家具に国産の木材をふんだんに使っていますよね。

松本 竣工した瞬間が美しさのピークの建築にはしたくなくて、絵の具とか手垢とか子ども達の創造の軌跡が残ったりしても、それが味になって愛せる建築空間にしたかったんです。心ある人達と一緒につくると、空間も面白くなる。だから、国産材にこだわりがあるとか、環境意識が高いといのともちょっと違う。「ストーリー」を大事にしています。

遊ぶ ≒ 真似る = まねぶ ≒ 学ぶ

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松井 あと僕は、松本さんのお話から「プレイフル」というキーワードを連想しました。これは僕の仮説ですけれど、多分「遊ぶ」という行為が「真似る」という行為とすごく近くて。さらに「真似る」から「まねぶ」から「学ぶ」になってたりするのかなあと思うんですが、松本さんはまちの保育園の仕組みの中にこの「遊ぶ ≒ 真似る = まねぶ ≒ 学ぶ」を上手に取り込まれている気がします。それも計画的に。

松本 そう、大事です。この間「教育で大事なこと」について議論していた時にヨーロッパと日本のサッカーの違いの話になったんですよ。日本サッカーも最近強くなってきましたが、ヨーロッパサッカーってトリッキーなプレーをしたり、スピーディーだったり、クリエイティブでものすごく面白い。強い。ヨーロッパと日本の違いは何だろうって考えると、ヨーロッパサッカーって「文化」で「遊び」なんですよね。一方で日本サッカーは「体育」が起点。

遊びから組み立てる国では、「あるべき姿」みたいなのは教えられない。トリッキーなプレーを自分なりに編み出したりとか、上手い人から技を盗んだりして腕を磨く。隣町のチームに勝つために自分たちなりに作戦を練ったりとか。自分で考え、遊び、のめり込んで技術を磨いたりチーム力を磨いたりしている。つまり、楽しんでいる人は、強い。「あるべき姿」にどうやって追いつくかみたいなことをずっとやっていくと苦しくなるけど、それを楽しんでいる人には敵わない。ビジネスでも、アウトドアメーカーの「パタゴニア」では、社員が仕事中に山や海に遊びに行くことを推奨してますよね。一番夢中になっている人が一番いいものをつくるという哲学があるからだと思うんです。

教育領域では、「楽しむ」ことってちょっと嫌煙されてきたところがあるんですが、今それを見直すべきという説もあります。「やりたい!」って思うことから組み立てて行くことが大事。なので、僕たちも、子ども達が自ら選んで活動できるスペースを設けたり、朝のミーティングで子ども達が今日やりたいことを自分なりに宣言して選ぶ仕組みを取り入れています。

細分化する西洋⇔全体的な東洋

松本 もう一つ、「まなぶ」と「まねぶ」の話は深い。西洋教育は、能力を細分化しその能力それぞれを延ばす教師を育成してきた歴史があります。一方で、日本では「学ぶ」って言葉が「まねぶ」ことから来ているんです。日本、東洋では、教わる人からそのまんま全部学んでいくと考えている。能力なんて細分化ができないと考える。まさに医学の違いとも重なります。西洋医学は「癌を取り除く」という対症療法をとりますけど、東洋医学は「そもそも病気にかからないよう心身の治癒力を高めていく」という、すごくホリスティック(全体的)な考え方に基づいていると言われています。

松井 なるほど。学ぶの意味がそもそも違うと。

松本 東洋教育は全体感を重視するんです。つまり、人はそもそも言語化しづらい行動様式とか思考フレームとか価値観などから全体的に学んでいくべきじゃないか、と。日本の教育って、レベルが落ちたとか、そういう風に言われていたりするけれど、全くそんなことはなくて。実は今、注目されはじめています。点数の話だけではないけど、例えば国際学力テストでフィンランドが世界1位で、日本も4位。フィンランドの人口で1位を取るのは国策でやれる規模かもしれませんが、1億人以上で4位をとる日本はすごいと言われています。その秘訣は、ホリスティックな教育であると。OECD(経済協力開発機構)もわざわざ視察にきていて、東洋的全体性はこれからの国際的な教育キーワードになりそうです。

松井 そこから空間の話に繋げると、20世紀型の空間様式は、西洋型で出来るだけ機能を細分化し、効率化してきました。保育園は保育園、図書館は図書館、美術館は美術館と。そして、21世紀型はやはりホリスティックに戻ってくるのかなと思います。まちの保育園も、保育園も含めまち全体でホリスティックな環境をつくり、本来あるべき自然なかたちに戻そうとしている。今回のイベントのタイトルに「マルチファンクション」という言葉を無理やり使ってみたんですが、複数機能を合体するというより、全体的な環境をいかにデザインしていけるかが大事ですね。

教育は誰のもの? オープンソース的に考える

松井 あと、松本さんの書籍の中にオープンソース的という話が書かれていましたね。本来、教育ってオープンソース的であるべきで、事業の拡大や、利益の追求を目的とする企業活動じゃないからクローズドである必要性もない、と。

松本 そうですね。教育って学校のものや教師のものだけじゃないはずです。「こんな社会が来るからそれに合わせて教育はこうあるべきだ」と社会を追いかけるように今はつくられているけれど、本来は社会をつくるものです。だから、教育こそ真にみんなのもの。

では、僕たちがどう市民として在りたいか? また難しい話になっちゃいますが、そうなると、本当に在りたい姿ってだれが決めるの? となりますよね。理想的な人間像、人格みたいなことは誰が決めるのか? と。それって特権的な誰かが決めるわけではなく、自分たちなりに試行錯誤して見出していける気がして。そういう意味では、答えが明確に出ることではなく、本当にみんなが問いを立て考えるべきだと思うんです。ちょっとずつアイディアと力を出し合う方が、いいものになるはず。教育に関わる人もそうでない人も同じで、その行為が社会の視点に立てると思う。

なので、オープンソース的アプローチが向いてます。ゼロから語るのは大変だから、骨格を用意するためのソースを開示する必要がある。

松井 今まで中央集権的だったものが分散化されてそれが緩やかに繋がっていく、非常にウェブ的な環境が今実現されつつある。それを実践していく時期ですね。ここから少し、会場の参加者の方からも質問していただきましょう。

企業も子育ても25年で1回転?

参加者 ビジネス領域のほうから、必要な能力開発のために、(創造性の高い存在としての)子どもと接点をつくるアプローチもあるのかなと思うのですがいかがですか。

松本 面白いですね。ビジネス領域って具体的な価値・対価に結ばれやすいので開発のスピードがやっぱり早いんですよね。教育学はじっくりと検証しながら進めていく。なので、僕は、ビジネス領域で開発されていることってどんどん教育に還元されるべきだと思っていて。今、大学教育改革では結構そういうことが言われいます。ビジネスマンをどんどん大学の理事・人事に採用しましょうとか、地域が企業とコラボレーションして教育プログラムを作っていきましょうとかね。これから大切になっていくだろう力を、子どもってはもともと持ってますよというお話をしましたけれど、それをお互い確かめ合う関係はありえると思います。大人達も、逆に学びたいと思うはず。

松井 ビジネス側が考えるべきなのは、「早いのは正義」的な時代性についてかも。パナソニックの創業者・松下幸之助さんは「250年成長計画」というのを言っているんです。25年を10回まわして企業を成長させる、と。25年間の内訳は、10年作って、10年社会に広めて、5年社会貢献する。それを10回転。子どももやっと25歳くらいで、一人前になるじゃないですか。それぐらいの時間軸でビジネスも考えればいいのかも。

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今回の解体新所では、松本さんに提案したい「保育園・こども園のアイデア」を参加者がその場で考えるワークも。高齢者と一緒になった環境、アーティストのアトリエ、保育士とのコミュニケーション等のアイデアが続々と寄せられた。

「大変な仕事」ではなく「大切な仕事」

参加者 保育士の方の待遇とか、働き方がもっと良くなったらいいなと思っています。

松本 ありがとうございます。僕たちもそういう風に社会的な認識が高まっていくことに挑戦しています。保育士はただの子守じゃないし、保育園はただの託児の場所でもないんですよね。教育の場だし、保育士は子ども一人一人の育ちや学びにかなり深い専門性を持って寄り添っているわけです。

女性も男性も働くこの時代に、社会的に子どもを育む機能として保育園があります。そして、0歳から6歳の大事な時期に子どもと、時には最も長く接することもあるのが保育士。人生の向きさえ決まると言われている時期です。

保育士はそういう意味で、社会をつくる仕事をしている。でも待遇は必ずしも良いとは言えない。少しずつ改善はされつつあるけれど、それが「大変な仕事をしてるから」じゃなくて、「大切な仕事をしているから」になってほしい。保育士は、高い専門性を持って社会的に価値の高い仕事をしています。そのための提言などもさせていただいています。ぜひ社会全体でその仕事を支えるようにしていきたいし、そう感じられていることを、これからも発信いただけたら嬉しいです。

松井 本当に大事なことですね。松本さん、参加者の皆さん、ありがとうございます。
よく「まちづくりは人づくり、人づくりはまちづくり」と言われますが、それを地で実践されているのが松本さんであり、まちの保育園・こども園の現場だと思います。保育園を通じて、まちを巻き込んで、人を育てることでまちを、社会をつくられている。「子はかすがい」といいますが、もしかしたら社会にとってもかすがいなのかもしれません。

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今日はとても勉強になりました。本当にありがとうございました。

構成&テキスト:中田一会