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第3回「進化する大学の空間」 -安斎勇樹:学びの場のメカニズムを探る-

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これまで企業オフィスの事例を通して、場作りの仕掛けについて検討してきました。今回は具体的な方法論やテクニックからは少し離れて、学びの場の代表例である「学校」、特に「大学」を題材に、学びの場のあり方がどのように変容しているか、みていきましょう。

学生をピンで固定する伝統的教室

かつての大学における中心的な学びの場は「教室」でした。そしていわゆる学校の教室といえば、縦長の空間の前方に教壇と黒板があり、机と椅子が整列した以下のような風景を思い浮かべるでしょう。

教室の写真

古くから利用されてきた伝統的な教室は、実にうまくデザインされています。窓は南側に面しており、ペンの影がノートに落ちないように、必ず学生の左側から日光が射すようにレイアウトが計算されています。風通しもよく、集中力を乱す余計な人工物も存在しません。そして特筆すべきは、「教壇」の効果です。たかだか10〜15センチのこの舞台は、教員と学生の間に権威的な関係性を構築し、学生の行動を監視しながら講義に注目させるための効果的な装置となっています。

幼児教育で知られるマリア・モンテッソーリは、こうした伝統的な教室で学ぶ学生たちの姿を、「ピンでとめられた蝶のように、机に固定され、無用の羽、つまりは、学習した味気のない無意味な知識を拡げている」と批判しています。しかし言い換えれば、たった一人の教員が、数十名の学生たちを”ピンで固定”し、味気ない知識を効率的に注入できているのは、教室に施された空間と人工物のさまざまな仕掛けの功績なのです。

スタジオ型教室とラーニングコモンズ

複雑化する社会の要請から、大学で求められる学びのあり方も変容し、教室における学びは単なる「知識の教え込み」ではなく、学生が能動的かつ協調的に知識を創りだす「アクティブ・ラーニング」と呼ばれる形式が主流となってきました。それにあわせて教室から教壇は取り除かれ、グループワークに最適化された「スタジオ型教室」へとシフトしています。さまざまな活動に柔軟に対応するため「まが玉」や「ひし形」状の机が採用されているところも特徴的です。

 

image00スタジオ型教室(KALSより抜粋)

学生が学ぶのは教室内だけではありません。近年では、授業外の自学自習や学生同士のディスカッションを支援するために、全国各地の大学で、図書館メディアを活用した学習のための共有施設「ラーニングコモンズ」や、対話による学びを誘発する「コミュニケーションスペース」などの充実が図られています。筆者が所属する東京大学大学院情報学環のラーニングコモンズでは、以下の写真のように、個人作業やグループ作業のスペースがあるだけでなく、所属教員の著作が並べられた本棚、打ち合わせのためのラウンジなども用意され、さまざまな目的での利用が奨励されています。スペースの中央にはコーヒーポットやバーカウンターがあり、休憩がてらに知人と近況報告をするなど、ゆるやかなつながりを維持する機会となっています。

ラーニングコモンズ01 ラーニングコモンズ02ラーニングコモンズ(福武ホールより抜粋)

学びの生態系としての大学キャンパス

これまでみてきた通り、学びの場としての大学は「知識伝達の場」から「知識創造の場」へ、そして「教室や所属の枠を超えてつながりながら学びあう生態系」へと変容しつつあります。大学のキャンパス全体を知がめぐる生態系としてデザインすることは容易なことではありませんが、成功事例の一つとして、スイス連邦工科大学の「ロレックス・ラーニングセンター」を紹介しましょう。
ロレックス・ラーニングセンター
ロレックス・ラーニングセンターは、日本の建築家、妹島和世氏と西沢立衛氏の共同建築事務所「SANAA」が設計したラーニングセンターです。持ち上げられた床から「丘」や「波」を連想させるこの空間は、複数の学部の研究者や学生たちによる学際的なコラボレーションを目指し、2万平方メートルの巨大なワンルームの中に、図書館、自習スペース、会議室、研究室、レストランやカフェなどが仕切りなく配置されています。

空間に境界がなく連続していることから、丘の中腹で腰を下ろして作業したり交流したりする学生の様子もみられます。普通の教室と教室をつなぐ水平的な「廊下」であればこうはいかないでしょう。

また、ところどころに空けられた穴によって形成される野外の光庭では、イベントや交流のためのハブとして機能しています。

image06 image05 image04(以上、全てJDNより抜粋)

プラグマティズムの祖であるジョン・デューイは、学びの質は「経験の連続性」によって決まると述べています。あらゆる経験は過去の経験から影響を受け、また未来の経験へ影響を与えます。ある経験から学ばれたことが、次の経験の質を高めるための道具として機能することで、一連の学びはより豊かなものへとなっていくのです。

一つひとつの教室、ラーニングコモンズ、コミュニケーションスペースを効果的な学びの場としてデザインすることは重要です。しかしそれらを単体の学びの場として個別に捉えるのではなく、それぞれを有機的に結びつけ、知が生まれ循環する生態系として大学全体をデザインする視点が、これからより重要になるでしょう。
 

 
 

安斎勇樹 安斎勇樹(Yuki Anzai) 1985年東京都生まれ。東京大学大学院情報学環特任助教。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程満期退学。商品開発、人材育成、組織開発などの産学連携プロジェクトに取り組みながら、創発的なコラボレーションを促進するワークショップの実践と評価の方法について研究している。主な著書に『協創の場のデザイン―ワークショップで企業と地域が変わる』(藝術学舎)、『ワークショップデザイン論—創ることで学ぶ』(共著・慶應義塾大学出版会)がある。 http://yukianzai.com/