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第2回「場を撹拌し、偶然のコミュニケーションを誘発する」-安斎勇樹:学びの場のメカニズムを探る-

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今回は企業のオフィスデザインの工夫について考えてみたいと思います。前回はコワーキングオフィスの事例を題材にしながら、学習環境デザインにおける「活動・空間・共同体・人工物」のそれぞれの要素から場をデザインする視点について解説しました。多様なメンバーが個人で利用するコワーキングオフィスと、大勢の構成員が一つの場を共有する企業オフィスとでは、また違ったデザインの難しさがあるでしょう。

イノベーションが求められている現代において、企業組織では社内のメンバーのコミュニケーションを活性化することが課題となっています。イノベーションの科学的分析を専門とするキース・ソーヤーによれば、社内で普段出会わないメンバー同士や、専門や部署が異なるメンバー同士が偶然出会い、何気ない会話を交わしているときに得られるインスピレーションこそが、イノベーションに発展するケースが多いのだといいます。オフィスのデザインは、そこで働くメンバーの認知や行動に直接的に影響を与えますから、コミュニケーションの観点からも無視することはできません。

 

オシャレで居心地の良いオフィス?

最近では、国内外の IT企業を中心に工夫の凝らされた自社オフィスの事例を多く目にするようになりました。全面ガラス張りのオフィス、飲食の提供がフリーのオフィス、ビリヤードや卓球、漫画などの娯楽が充実したオフィス、和風のオフィス、家具や照明にこだわったオフィスなど、その特色はさまざまです。社員のモチベーションを維持する意味でも、社外に組織のアイデンティティをアピールする意味でも、「オシャレで居心地の良いオフィス」に一定の投資をすべきだという考えが当たり前になってきているのでしょう。

しかし誤解してはならないのは、オシャレな家具や装飾品を買いそろえれば、すなわちそれがメンバー同士のコミュニケーションに結びつくとは限らないということです。空間の見栄えはもちろん重要ですが、普段出会わないメンバー同士がつながり、何気ない会話が誘発され続けるように、オフィスに埋め込まれた仕掛けたちが「偶然を生み出すための装置」として機能していることが第一です。

 

重要なのは座席の距離

創造的なオフィスをデザインするためには、どのような戦略が有効なのでしょうか。これまでのオフィス研究を参照してみると、メンバーのコミュニケーションの質量に最も影響する環境変数は、「座席の距離」だと言われています。日々のタスクに忙殺されていると、ひとは「近くにいる人」としかコミュニケーションを取らなくなるというのです。

距離の影響力を裏付けるある調査研究によれば、たとえ同じフロアに在籍していても、座席の距離が50メートル以上離れるとほとんど会話はなくなり、別のフロアになると仕事中にその人の存在すら認識しないことが明らかになっています。もし近くにいれば、「この仕事はあの人の意見も聴いてみようかな」と思うところが、フロアが変われば「あの人」の存在が頭にも浮かばなくなるというのです。

 

部署間の座席をシャッフルする

座席の距離を利用して、社内のコミュニケーションを活性化した興味深い実証実験があります。多くのオフィスでは、部署ごとに区画が設けられ、デスクも一塊になっています。そこで、部署間で所属は変えずに、社員のデスクを1割ほど交換してみるとどうなるか?ということを実験したのです。

結果は、部署内のコミュニケーションが15%ほど減少し、業務効率はやや下がったものの、部署間のコミュニケーションは200%、つまり2倍に増加しました。効率的なオフィスを、いわば少しだけ撹拌することによって、コミュニケーションを大幅に活性化するのです。

席替えの効果

ならば、座席をフリーアドレスにすればよいのか?といえば、そう単純な話ではありません。フリーアドレスオフィスに関する様々な調査研究によれば、一定のコミュニケーション活性の効果が確認されながらも、実際には社内にある種のクラスターが形成されてしまい、かえって関係性が硬直してしまうデメリットなどが多く指摘されています。混ぜ方がうまくなければ完成しないカクテルと同様に、単なる自由放任では、場に創造性は宿らないのです。

 

接触のポイントをつくる

フリーアドレスでもない、デスクシャッフルでもない、手軽に実施しやすいテクニックとして、出会わせたいメンバーの中間に、動線を引き寄せるための仕掛けを配置するという方法があります。例えば、休憩のために立ち寄るコーヒーポットや、コピー機などの共有設備、会議室などです。立ち寄らざるをえない接触ポイントを配置することで、何気ないコミュニケーションの増加が期待できるでしょう。

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オフィス内の接触ポイントの例。コピー機の前にあるテーブルが作業台や社内打合せのスポットとして機能する。プリントアウトを取りに来たスタッフと作業中のスタッフのコミュニケーションが生まれる

 

他にも、フロアとフロアを完全に分離するのではなく、吹き抜けやガラスをうまく利用して、フロアの結合部の見通しをよくすることも効果的であると言われています。遠く離れた「あの人」が、ふと頭に浮かぶ瞬間をどれだけ増やせるか。これが、組織のコミュニケーションを活性化する鍵なのかもしれません。

 

ロールモデルは、ららぽーと!?

オフィスとコミュニケーションに関する先行研究を読み解いていくと、まだまだ発展途上の領域であることが伺えます。これからさまざまな企業が実践を繰り返しながら、デザイン論の探求がなされていくのでしょう。 他方で、デパートなど「商業施設」に関する研究には、一定の蓄積があります。考えてみれば、商業施設は売り上げを増加させるために、さまざまな仕掛けを場に施しています。例えば、「ららぽーと」のような大型のショッピングモールを思い浮かべてみてください。

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ららぽーと(三井不動産より抜粋)

必ずしもジャンルごとにお店が整列しているわけでもなく、エスカレーターもフロアごとに途切れています。お目当てのお店にたどりつくまでに、やや回り道をしないといけないこともあるでしょう。ふと吹き抜けを見上げれば「あ、あんなお店があったんだ」と思わぬ発見があったりして、ウィンドウショッピングを楽しんでいるうちに、欲しいものとの”偶然の出会い”を果たすことも少なくありません。

こうした商業施設の「視線と動線を撹拌する仕掛け」たちは、見方を変えてみてみれば、イノベーションを目指す企業組織のオフィスデザインとして、ひとつのロールモデルとも言えるかもしれません。 建築や内装をゼロから作り変えるのは、大変なコストがかかります。それでも、「メンバーと人工物をどこに配置するか」「視線と動線をどう撹拌するか」という視点を持って自社のオフィスを捉えてみれば、偶然のコミュニケーションを必然のものとするためのデザインの工夫が、何か見つかるのではないでしょうか。

 

 
 

安斎勇樹 安斎勇樹(Yuki Anzai) 1985年東京都生まれ。東京大学大学院情報学環特任助教。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程満期退学。商品開発、人材育成、組織開発などの産学連携プロジェクトに取り組みながら、創発的なコラボレーションを促進するワークショップの実践と評価の方法について研究している。主な著書に『協創の場のデザイン―ワークショップで企業と地域が変わる』(藝術学舎)、『ワークショップデザイン論—創ることで学ぶ』(共著・慶應義塾大学出版会)がある。 http://yukianzai.com/